2006年12月18日 (月)

術後検診

※流産の経過をまとめて読みたい場合は、
 ”カテゴリー”の”IVF3周期目・妊娠3ヶ月”をクリックすると、
 続けて読めるように設定してあります。
 ノートに書き出したところ、とても長くなってしまったので、
 ”その日”として、細切れにアップしています。

術後検診に行ってきた。
1週間ぶりのクリニック。
受付から会計まで、1時間15分くらいだった。
余り混んでなかったのと、血液検査がなかったからかな。

受付で、保険会社提出用の診断書をお願いした。
”1週間くらいかかります”と言われた。作成費もかかる、と。
1度経験してるので、その辺のことは承知してる。
”分かりました、お願いします”と書類を預けた。

間もなく内診に呼ばれる。
ボーっとした感じの若い先生に内診してもらった。
ワタシの中では、余り印象の良くない先生。
ちょこっとプローブを入れて、”体は問題ないですよー”と。
あっと言う間に終わってしまった。
診察室にもすぐに呼ばれ、”次は2週間後くらいに来て下さい”って。
2週間後って、元旦なんですけど。
”くらい”って言われたので、前後しても良いだろう。
まぁでも、大晦日とか元旦なら、空いてるかも知れないな。
お風呂に入って良いかどうか、聞くのを忘れてしまった。
どっちにしても、ちゃんと出血が止まってからの方がいいだろうな。

昨夜、とっても憂鬱だった。行きたくないなーって。
嫌なことを全部思い出しちゃいそうで。
1週間しか経ってないのに、1週間前とは全く違う。
同じ空間で、そのギャップに耐えられるかどうか。
実際、前回と同じ内診室に呼ばれたときは、げっ、と思った。
結果的には、割と平気だったけど。

診察が終わってエレベーターを待ってるとき、
携帯に着信があったのに気付いた。夫からだった。
滅多に電話してくることはないので、何か休養かな?と思い、
4Fに降りてから折り電すると、社員旅行の話だった。
夫の会社は、今までそう言う催し物ってなかったんだけど、
今期からしよう、ってことになったらしい。
で、”一応欠席にしちゃったけど”って。

今後のスケジュールは全く分からないので、
”まぁしょうがないねー”って言ったんだけど、
帰る途中、メールが来て、”参加に変更しておいた”って。
”直前にならないと分からないけどね。日程は?”と返事をすると、
”2月○日~○日、2泊3日で札幌だそうです”って。
ふ、冬の札幌?渋すぎ。
社員旅行なので、個人の持ち出しは、各日の昼ご飯代と、
お土産とかのオプションだけらしい。
団体行動とは言え、かなり魅力的なプランだな。

”治療再開をちょっと延ばしても行こうか?”と返事をすると、
”カニとラーメンはやっぱり捨てがたい?”と。
治療を延ばしても生理が当たるかも知れないので、
それはそれで心配だけど、一応、参加することにした。
まぁ、ドタキャンはやむを得ず、ってことで。

久しぶりにバスで帰ってきた。。
妊娠する前は、帰りはバスに乗ることも度々あった。
電車の方が早いんだけど、バスが好きなのと、
家の近くで途中下車して歩くのも気持ち良かったから。
妊娠中は、振動に気を使ったのと、
やっぱりちょっと時間がかかるのとで、乗るのを控えていた。
ゆっくりバスに揺られて窓外の景色を見てると、
気持ちがゆったりする気がした。

時間は絶え間なく流れる。
気持ちは止まっているように思えても、着実に変化してる。
今は、その流れに逆らわず、身を委ねてみようかな、と思ってる。

内診 2,100円

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その日⑤

4Fに降りて会計を待つ。人影はまばらだった。
色々なことが頭を巡る。時々涙が出そうになるのを、ぐっと堪える。
ここで泣いちゃダメ、って。

約束の時間を過ぎても夫からメールが来ないので、
”パーキング難民かな?”ってメールすると、
”今やっと着いた”と返事が来た。道が相当混んでいたらしい。
”今4Fにいます”と返事すると、”行きます”とメール。
夫の顔を見たら泣いちゃうかもなー。でも、できるだけ我慢しなきゃ。
自分に言い聞かせた。

間もなく夫がやってきた。
顔を見た途端、やっぱり涙が溢れてしまった。
隣りに座った夫に頭を抱えられると、益々涙が溢れてきた。
それでも、歯を食いしばって我慢すると、会計に呼ばれた。
なんとか平静を装っても、涙が自然と流れ出てくる。
見ると、お腹の大きな看護師さんだった。
ワタシの涙を見て、視線をそらした。ちょっと切なかった。

会計を済ませてエレベーターへ。
待ってる間、エレベーターの中でも少し泣いた。
ビルを出るとき、”いくらワタシが好奇心旺盛だからって、
何もフルコース経験することないよねー”と少しおどけて言うと、
夫は少し笑った。”フルコースか”って。
無麻酔掻爬だと言うことは、夫も知っていた。
前にワタシが話した。”そんなことになったら恐ろしいな”って。
空砲から無麻酔掻爬までフルコース。高々4ヶ月のうちに。

帰りの車の中で、”疲れた。ホントに疲れた”って言ったら、
”まぁしょうがないよね。割り切るしかないもんね。
卵がへなちょこだったし”って。へなちょこ??
どうやら、融解胚盤胞の形がいびつだったことを言ってるらしい。
そんなこと、まだ覚えてたのか。
夫の中では気になってたんだろうな。記憶に残るほど。
”形は余り関係ないみたいだよ”って言ったんだけどな。

夫には本当に申し訳ないと思っている。
またパパにしてあげられなかった。
”少し休んで、暖かくなったら再開したら?”って夫は言うけど、
正直、できるだけ早く再開した方が良いんじゃないかなーって
思ってる。年齢的なこともあるし。
それに、余り間を開けてしまうと、気持ちが萎える気がする。
お金の問題もあるけど、できるだけ先生の指示通り、
治療を再開したいと思ってる。
やっぱり夫をパパにしてあげたいから。
卵のストックがないから、また1からやり直しだけど。

術後検診は1週間後。
注意書きを見ると、出血は1週間~10日続くらしい。
湯船に浸かるのは、次の検診で先生の許可が出るまでダメ、
腹痛・肩こり・腰痛等、色んな症状が出るらしい。
メテルギンによる子宮収縮の痛みは生理痛並。
横になっても痛いようだったら連絡下さい、と言われた。
生理痛か。
取り敢えず、術後検診が終わるまでは大人しくしてよう。

晩御飯の後、処方された薬を飲んだ。
看護師さんが言った通り、服用1時間半後くらいに痛みが襲ってきた。
ちょっと重めの生理痛、って感じ。
夫は既に寝ていた。精神的にも肉体的にも疲れたんだろう。
ひとり、痛みに耐えていると、なんだか急に悲しくなってきた。
流産、それ自体でも、充分心が萎えてるのに、
追い打ちを掛けるようにお腹が痛む。
記憶が鮮明なうちに、とノートに事の次第を書き出していく。
その間も涙が溢れ出てくる。ただただ流れてくる感じ。
どんな感情も当てはまらない気がした。
でも、泣いた方が良いんだ、って思っていた。我慢しないで。
声を上げて泣いた。夫が先に寝てくれていて良かった。

こうして、”その日”は終わった。

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その日④

手術から1時間後、看護師さんがやって来た。
”お腹の痛みはどうですか?”と聞かれ、”大丈夫です”と言うと、
”ガーゼが1枚入っていますので、トイレに行ってガーゼを抜いて
声を掛けて下さい”と言われた。
立ち上がって振り返ると、術着とベッドを汚してしまっていた。
出血してるのにガーゼ1枚突っ込むだけなんて、
それはちょっと無謀だろー?と、後で思った。
前回は確か、大人用のオムツをされた気がする。

指示通りトイレに行ってガーゼを抜くと、結構出血していた。
変な言い方だけど、久しぶりの血だなー、って思った。
約2ヶ月、生理が無かったわけだからね。
余りの出血量にちょっと心配になったので、
トイレに常備してあったナプキンをひとつ拝借した。
オリモノシートはしてるけど、それじゃ間に合わない気がして。

トイレを出て看護師さんに声を掛けると、
”じゃ、着替えてからまた声を掛けて下さい”と言われた。
その時、術着とベッドを汚してしまったことを告げた。

着替えるとき、拝借してきたナプキンをあてた。
後になって、正解だったな、って思った。
動くたびに出血したから。
術後、看護師さんが指示するべきじゃないかなーと思った。
ナプキンをあてるように。
当然用意して行ってないから、手渡すとかなんとか。

着替え終わって声を掛けると、薬を2種類と、
”子宮内清掃後の注意”と書かれたプリントを渡された。
その場で色々説明してくれるんだけど、殆ど頭に入ってこない。
言ってることは全て書いてあるようなので、
後でプリントを見ればいいや、と思って、適当に返事をした。
”4Fでお会計を待って下さい。お大事になさって下さいね”と言われ、
”お世話さまでした”と頭を下げてリラックスルームを後にした。
廊下には2人しかいなかった。
伏し目がちにエレベーターへ向かった。

細かいことを言うようだけど、もっと配慮するべきでは?と思った。
例えば、ベッドに筒抜けの看護師さん達の歓談とか、
術後のナプキンとか、注意書きのプリントの言葉遣いとか。
治療以外の行為に関しては、杜撰なのかな?と思ってしまった。
どっちにしても、腑に落ちない点をいくつか感じた施術だった。

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2006年12月17日 (日)

その日③

施術を待つベッドでの2時間は、あっと言う間に過ぎた。
13時45分頃、看護師さんが来た。いよいよか。
”トイレに行ってキャップを被ったら声を掛けて下さい”と。

指示された通りに支度を整え声を掛けると、
”麻酔の導入のための筋肉注射をしますが、
肩とお尻、どちらがいいですか?”と聞かれた。
”お尻にお願いします”と言うと、”ベッドに横になって下さい”と。
妊娠中は、胃薬でさえ我慢してたのに、既に薬漬けか。
”10分か15分後には処置になります”と言われ、
注射跡を揉みながら待った。筋肉注射ってホントに痛い。

暫くして再び看護師さんがやって来て、
手術室の前の椅子へと促された。
見ると、6つある全てのベッドが既に埋まっていた。
採卵や移植を待つ人達だろう。
咄嗟に、ワタシが最初なんて縁起が悪くて申し訳ないなーと
思ってしまった。

手術室のドアが開き、採卵や移植の時と同じように、
名前を呼ばれ、カルテの名前を確認する。
見ると、注射が一本入っていた。茶色っぽい液のやつ。
”これもするってことかなー”と、ちょっと萎える。

手術室には既に、担当らしい若い先生が背を向けて座っていた。
”宜しくお願いします”と背中越しに声を掛けるも、
挨拶は愚か、振り向きもしないで何やら準備してる。感じワル。
看護師さんに促され、ベッドの上に仰向けに寝転がる。
これも、採卵や移植の時と全く同じ体勢。
違うのは、スタッフの人数の少なさ。
先生以外に、看護師さんが2人しかいない。
名前や生年月日を連呼されることもなかった。

リラックスルームのベッドの上で、処置を待つ間に決めていた。
”痛い”って絶対言わない、って。
部分麻酔ってことは、当然かなりの痛みを伴うと覚悟していた。
でも、産む気で耐えようと思った。
物凄く早くて物凄く小さいけど、産み落としてあげるつもりで、って。
思えば、この時既に後悔していたんだと思う。
前回の検診の後、駅向こうの高島屋まで歩いて行ったこと。
せめて4ヶ月に入るまでは、用心してし過ぎることはなかったはず。
毎年のこととは言え、カレンダーを買うために無理をした。
そんなことのために、この子は命を失ってしまった。
ワタシが殺したようなものだ、って。
だから、どんなに痛くても我慢しようって。
実際の出産の痛みには到底及ばないとしても、
この子がお腹で生きた分、もしかしたら苦しんで命を失った分、
ワタシには、痛みに耐える義務があるんだから、って。

処置が始まった。
できるだけ深く息をし、お腹の上で両手の拳を握りしめる。
鈍痛・鋭痛、激痛、重苦しさ。
器具を入れる、麻酔を入れる等、小声で一応説明してくれるも、
何をどうしてるのか、痛みと苦痛で既に分からなくなっていた。
とにかく歯を食いしばって耐えていた。
低い唸り声をあげ、拳には一層力が入り、体はのけぞった。

”肩から子宮収縮剤を注射しますね”と看護師さんに言われた。
あ、あれは子宮収縮剤だったんだ、と思った。
注射を打たれた直後、下腹がきゅーっと縮むような感覚が。
痛みはそれほど無いけど、強く下に引っ張られる感じ。
拳に一層の力が入り、歯を食いしばっていきんでいた。
頭の中で冷静に、”ドラマの出産シーンみたい”って思った。
子宮収縮剤って、こんなにすぐに反応するんだ、って。

苦痛に唸っていると、注射を終えた看護師さんが、
ワタシの握り拳の上にそっと手を乗せてくれた。
”もうすぐですからね”と。
マニュアルなのかも知れないけど、思わず涙が出てしまった。
人の体温って、あんなにも人を安心させるんだな。

吸引するような音が室内に数回響いた。
それに合わせて子宮が収縮してる感覚がある。
”掻き出す”って聞いてたけど、吸い取るんだ、って思った。
吸引が終わると、掻き出しているような感覚もあった。
消毒してるのかも?拭き取ってるのかも?良く分からないけど、
結構痛みがあって、腰が引けた。

暫くして、”はい、終わりましたよ”と言われた。
全ての器具が取り除かれ、違和感がやっと無くなった。
両眼尻に涙が溜まっていた。
悲しみの涙じゃなく、痛みに耐えた苦痛の涙。
ウミガメの産卵シーンみたいだな、と思った。
体の拭き取りが終わり体を起こすと、既に先生はいなかった。
”歩いて戻れそうですか?”と聞かれ、”はい”と声を絞り出す。
”ゆっくりで良いですから。
ベッドに戻って、楽な格好で休んでいて下さい。
また看護師が声を掛けますから”と言われ、
”どのくらいですか?”と聞くと、”1時間くらいです”と言われた。
”お世話さまでした”と軽く頭を下げ、ベッドに戻った。

ベッドに横になると、少しだけ涙が出た。
喪失感より、”やっと終わった”、と言う安心感で。
ホントに怖かった。
”1時間くらい休むみたい”と夫にメールすると、
”じゃ、1時間後に下で待ってる”と返事が来る。
すぐに、”ひとりで歩ける?上まで行こうか?”とメールが来る。
”休んでみないと分からないから”と返事をする。
”分かった”と返事が来る。
”後の流れが分からないので、15時半頃着くように来て、
近くのパーキングに車を止めて、9Fにいて”とメールする。
”分かった”と返事が来る。

左右の、ちょうど卵巣かな?って辺りに、
引っ張られるような痛みがあった。
”楽な格好で”と言われたので、あれこれ姿勢を変えてみる。
痛みのある部分の背中に拳を当て、仰向けで押すようにすると
いくらか楽だったので、そのままじっと目を閉じていた。
痛みと違和感は30分くらいで治まった。

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2006年12月15日 (金)

その日②

先生が変わり、エコー画像を見ながら説明を受ける。
”ここが子宮口です。今の状態では狭いので、
ここを広げるために、マッチ棒のような器具を挿入します。
手術は部分麻酔をして行います。
歯医者さんの麻酔のような感じです。
では、これから器具を入れますね”と。
こちらの反応を余り意識していないようなので、
最初のうちは打っていた相づちを、途中で止めた。

”ラミナリア”と呼ばれるその器具(装置?)。
挿入作業が始まると、時々鋭い痛みが走った。
その度、”痛い!”と声を上げるも、特に反応は無し。
作業は淡々と進められた。

かなりな苦痛を伴って、挿入作業は終了した。
作業自体は5分程度だったかも知れない。
下腹全体に、重い痛みが広がった。
看護師さんに”お腹の痛みはどうですか?”と聞かれ、
”痛いです”と答えると、”では、少しこのまま休んで下さい”と、
剥き出しの下半身にバスタオルを掛けてくれた。

5分くらい経過しただろうか。
タイマーがけたたましく鳴って、看護師さんが駆けてきた。
”どうですか?動けそうですか?”と聞かれたので、
”はい”と、やっと声を絞り出すと、
”ベッドが空いているので、そちらへ移動しましょう”と促された。
支度を終えて声をかけると、看護師さんは入り口へ回ってきて、
隣のリラックスルームへと連れて行かれた。
内診室から出たとき、廊下で待つ人達の視線を感じた。
事情を知ってるはずはないのに、なんだか哀れまれてる気がして、
逃げるようにリラックスルームに入った。

一番端に、扉の付いた、隔離されたベッドがある。
そこに案内され、”処置は2時くらいになると思いますので、
お着替えして休んでいて下さい。また呼びますので”と言われた。
思わず、”痛いですか?”と聞いてしまった。
”個人差がありますね。処置自体より、麻酔の方が痛かった、
と言う人もいますし”と当然な答えが返ってきた。
馬鹿な質問しちゃったな、と、扉を閉めて苦笑した。

無麻酔掻爬だと言うことは、経験者のブログを見て知っていた。
実際は、”部分麻酔”だったわけだけど。
痛みや苦痛の表現は、確かに人によって様々だったけど、
一般的に全身麻酔で行うことが多い施術だってことは、
それなりの痛みがあるからなわけだし、
それを部分麻酔だけで行うことへの恐怖心はかなりあった。
中には、”下半身を押さえつけられて、気絶しそうだった”
なんて表現していた人もいたし・・・。

取り敢えずインナー類は付けたまま術着を着た。
ベッドに横になり、”今、電話できる?”と夫にメールした。
すぐに電話がかかってきて、”ダメだった”と一言告げると、
”そっかー”と。
後で聞くと、メールが来た時点で嫌な予感がしていた、と。
電話で話すようなことは特に無いはずだし、って。
”心臓が止まっちゃってるって言われて、
すぐに子宮口を広げる処置をしたの。
今ベッドにいるんだけど、14時頃手術だって”と告げると、
”そっか、分かった。調整して、また連絡するから”と。
調整?何を調整?って思ったけど、”分かった”と返事をして
電話を切った。

間もなく、”これから行きます”とメールが来た。
これから?
すぐに”今すぐ来ても会えないと思うよ”と返事をした。
”そっか。じゃ取り敢えず家で待機してます”と返事が来た。
後で聞くと、事情を上司に話したところ、
”仕事なんて良いから、すぐに行け”と言われたらしい。
夫本人より、周りの人達が慌てふためいていた、と。
処置の後の段取りは、ワタシにも全く分からないので、
”処置が終わったら暫く休むことになると思うから、
終わった時点で連絡します”とメールした。
麻酔をしなければ、意識ははっきりしてるはずだし、と思って。

既に12時半になっていた。少し眠ろうかな、と目をつぶった。
実際には眠れなかったけど、目を開けてもいられなかった。
下腹部には重くじりじりとした違和感がある。
脱力して目を閉じていると、壁の向こう側で歓談する、
看護師さん達の楽しそうな声が聞こえてきた。
実はこのベッド、内診室の廊下の隣にあって、ドアで繋がってる。
施錠がしてあって空かないし、その前にベッドが置いてあるので、
実際動線は無いんだけど、そんな状態なので、
内診室辺りでの会話や物音は筒抜けだった。

聞くともなく聞こえてくるのは、ボーナスの話やドラマの話。
途中、”ラミに当たっちゃってー”と言う声が聞こえた。
ラミって、ラミナリアのこと?それってワタシのこと?
”時々続くことあるよねー”とかなんとか。
途中で、隣の部屋に当の本人がいることに気付いて、
慌てて会話をやめたような雰囲気を感じた。
突然沈黙して、暫くは作業の音だけが聞こえて、
その後、また歓談を再開したから。
時間的にちょうど、午前と午後の診察の合間だったらしく、
掃除やゴミ処理などをしてるようだった。
とにかく、終始賑やかで、眠れるような状態ではなかった。

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2006年12月14日 (木)

その日①

10時過ぎに家を出た。
クリニックの後、すぐに転院先の病院へ行こうと決めていた。
ネットで調べると、その病院は、妊娠確定後の転院の場合、
まずは直接総合受付で初診予約をする必要があるとのこと。
体調的に不安もあったので、すぐに転院したかった。
なので、取り敢えず初診の予約を取り付けるつもりだった。

その病院は、春に子宮ガン検診に行った病院。
仕事仲間に色々評判を聞いて行ってみたんだけど、
印象がとても良かった。
で、なんとなく、出産するならここが良いかなーって思った。
その時はまだ、不妊治療を再開してなかったけど。

10時半頃クリニック到着。230番台半ば。余り混んでない。
10分もしないで8Fに降りるも、内診までは1時間くらいかかった。
卒業の日は院長先生が診てくれると聞いていた。
初診のとき以来か。
3つある内診室のうち、前の2つは初診の人のようだった。
”じゃ、見ますよー”の声と共にプローブが入った。
すぐに、”あれ?”と声を発する院長先生。
一瞬背筋が凍った。何かあったことはすぐに分かった。
”あー、折角今日、卒業に来たのにねー。
赤ちゃんの心臓、止まっちゃってるよ”と院長先生は続けた。
モニターに映し出された映像を見て、異変はワタシにも分かった。
大小2つのリングがあり、大きなリングの中に赤ちゃんがいて、
それはまるで浮かんでいるようだった。

院長先生は優しい声で続けた。
”これ、これね、卵黄嚢。これが肥大化してるのね。
ってことは、赤ちゃんが育ってないってことなの。
一応大きさを測ってみるけど、ほら、16.9mm。
殆ど大きくなってないよね。
そうだなー、3、4日前には止まっちゃってるかなー。
羊水は充分な量だし、胎児側の問題だと思うよ。残念だけど”と。
なんとなく、不安にさせないために言ってくれた気がした。
”胎児側の問題”と。

突然、”どうする?”と聞かれた。
何?何をどうする?何がどうする?
戸惑って、思わず”え?”と小さな声を出すと、
”このまま持って帰っても不安なだけだし、
帰ってご主人と相談しても復活することはないから、
このまま処理を進めたいけど、どうする?”と。
頭の中は真っ白だった。でも、不思議と涙が出てこなかった。
今思うと、なんとなく予感がしていた気がする。
前の週の検診の後、常に下腹部がシクシクしていた。
時々少量の出血や茶オリ、お腹の張りもあった。
前回流産したときと似てる気がした。
なので、ずっとゴロゴロと、殆ど寝て過ごしていた。

院長先生の、優しく丁寧な説明と、
リングの中に浮かんでいるような赤ちゃんを見て納得した。
悪戯に決断を延ばしても仕方ないような気がしてきた。
素人のワタシが見ても、明らかに様子はおかしかったし。

”分かりました。お願いします”と返事をすると、
”じゃ、処置に入りますね”と、違う先生を呼んだ。
声の感じからして、若い先生のようだった。
”もう一度エコーで確認してみて”と言い残して交代すると、
院長先生は診察室に戻って行った。

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2006年12月11日 (月)

ご報告

本来なら、卒業するはずだった今日、
胎児の心拍停止による子宮内容清掃手術を受けてきました。
あっという間の出来事で、
今は、術後服用薬として処方されたメテルギンによる、
子宮収縮の痛みに耐えるのに精一杯です。

流産の事実に加え、肉体的に苦痛があることは、
正直辛いです。
今まで不思議なくらい涙が出なかったのに、
今さっき急に涙が溢れてきました。

でも、少し落ち着いたら、もっとちゃんと記録しようと思います。
事実をちゃんと受け止めるために。
頑張った自分のために。

内診・子宮内容清掃手術 12,035円

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2006年12月 6日 (水)

カミングアウト

毎回、クリニックに行くと、その後お腹が張って、
茶オリとか血オリとかが出る。
今回は、結構歩いたにも関わらず、それほどお腹が張らないし、
出血もないなーと思っていたのが甘かった。
昨夜寝しなにトイレに行ったら、オリモノに血が少し。
今までの中では一番少なかったし、それきり出てないけど、
つくづく、ワタシの体は几帳面だなーって思ったりして。

前職のママ達に報告すると、一晩で携帯の電源が切れるほど、
メールの返信と病院情報が届いた。有り難いなーって思った。
夫も昨日、主要な人達に報告したらしい。
そろそろ、毎年恒例の年末ホームパーティの日程を決める時期。
”今年はどうするのかなー”って思ってる人も少なくない。
その兼ね合いもあって、昨日報告しようと決めたらしい。
夫の仕事仲間は、家族ぐるみで付き合ってる人達ばかりなので、
みんな一様に喜んでくれ、”奥さまに宜しく”との言葉をもらった。
全ての言葉に感じるのは、”やっとできて良かったね”って雰囲気。
そりゃそうだよね。結婚10年目になろうとしてるんだから。
特に内膜症の手術や流産を知ってる人は特にそうだろう。
みんな割と長い付き合いなので、身内感覚も強いし。

安定期に入るまでカミングアウトするのは控えようって決めたけど、
結局、主要な人達には報告した形になった。
夫もワタシも、”まだ安定期に入ってないし、前回のことがあるから”
って但し書きを付けることは忘れてない。
何かあると、本人達より周りの方が心配するのは経験済み。
それを極力避けたいから、慎重になるのはやむを得ないかな。

母から、手編みの靴下カバーが届いた。2足。
これが暖かいんだよねー。スリッパいらずで。
一緒に、田舎の香満載の野菜も沢山届いた。有り難い限り。
ワタシ達だけじゃない。周りの人達みんなが、
貴方の命の誕生を、心の底から喜んでるんだよ、って、
日々、お腹に語りかける。ホントに感謝だね、って。
早くみんなに会いたいね。

そうそう、野田聖子議員が事実婚を解消するとか。
夫婦別姓を唱えていたから、籍を入れてないんだってね。
しかもインタビューで、”夫がどうしても子供が欲しいって言うから
頑張ります”的なことを言っていた。
それで不妊治療って、凄いなーって感じだけど。

実は1度だけ、クリニックで見かけたことがあった。
あ、ここに通ってるんだーって思った。
”10月・11月は卵を採ります”って公言してたみたいだから、
それが終わってから事実婚を解消したのかも知れない。
色々事情はあったと思うけど、子供産んで欲しかったなー。
今後、少子化問題への取り組みはどうするんだろう。
なんて、余計なお世話か。

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2006年12月 4日 (月)

クリニック

11日ぶりにクリニックへ。計算上では8W6D。
時間はもう殆ど関係なく、起きたら行こう、って感じで。

10時過ぎに到着、受付番号は230番台後半。
やっぱり平日はそれほど混んでない。
受付の方法が少し変わったのかな?
”何しに来たか?”を書かされる小さな紙を渡された。
一番上に、”生理○日目”って。
数えた方が良いの?とか思っちゃったけど、”?”と記入。
診察内容は”妊婦検診”に○したけど、良かったのかな?
診察予定とか体調を口頭でやり取りすることをやめたみたい。
クレームが出たのかもね。だったらちょっと分かる気がする。

1時間ほど待って内診に呼ばれた。
プローブが入ってすぐ、かなり大きくなった赤ちゃんが見えた。
”心臓が動いてるの、そちらでも見えますか?”と聞かれたけど
良く分からなくて、”どこですか?”って聞いたら、
”ここです。トクトク、トクトク、って。分かります?”って。
前回よりも心拍が小さく感じたのは、全体が大きくなったせいかな。
前回は、全体の大きさの1/3が心拍って感じだったんだけど、
今回は、既に2等身になっていて、ちょうど真ん中で動いていた。
”こっちが頭で、こっちがお尻ね。17mm。標準的な大きさだね”って。
じゅ、17mm?!3倍以上になってる・・・。凄い成長速度。

診察室に呼ばれ、”赤ちゃんは元気です。心臓も動いてるし。
大きさも標準的で、至って順調です”と。
”ご自宅が近いので、来週もう1度来て下さい。
それで順調に成長していれば、紹介状書きますから。
できれば病院を決めてきて下さい”って。
順調にいけば、来週卒業することが決まった。

会計待ち、すぐに夫にメール。
万歳のキャラクターの絵文字だけが送られてきた。

体調も気分も良かったので、カレンダーを買いに行くことに。
途中、年末ジャンボもしっかりゲット。
今日は大安吉日なんだって。
赤ちゃんも順調に育ってくれたし、良い日かも?って思って。

クリニックから高島屋まではちょっと距離があるけど、
のんびりゆっくり歩いて行った。
街はすっかりクリスマスムード一色。
最近全く外出してなかったから実感なかったけど。
目的のカレンダーを買って、ようやく帰途についた。
さすがにちょっと疲れた。運動不足だなー。
つわりも殆どないし、そろそろ体を動かそうかな。
家事とか、買い物とか、日常のことを少しずつ。
・・・って、今まで何もやってなかったことがバレバレね。(笑)

家の近くで出勤中の夫にバッタリ。
いくらフレックスが許されるとは言え、昼過ぎ出勤とは。
立ち止まって、エコー写真を見せた。
”ね、ね、二等身でしょ?”って言うと、”ホントだねー”って。
なんだか名残惜しそうな顔して行ったのは気のせいかな。
そんなに感傷的な人じゃないはずだし。

17mmかー。順調に育っているとは言え、まだまだ小さいね。
写真を見ると、頭の部分とお腹の部分に空洞がある。
これ、なんだろう。
胎児を取り巻くように薄い膜状の物も見える。
これもなんだろう。
良く見ると、不思議な物が沢山あるなー。

なにはともあれ、次の検診日までに転院先を決めなきゃ。
まずはママ友達に報告して、情報を求めよう。
取り敢えず、前回流産した時期を越えられて、一歩前進かな。

内診 4,000円

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2006年12月 3日 (日)

報告

昨日、それぞれの親に妊娠の報告をした。
夫の両親には夫から、ワタシの母にはワタシから。
反応は全く正反対だったけど、”らしいな”って感じだった。

義母は、”腹帯巻くまで分からないからね”って言ったらしい。
うちの母は、”いつ産まれるの?夏子(なつご)か~”って感じだった。
分かり易いほど正確を映し出した反応。
義母は慎重派、母は楽天家。
母には逆にワタシから釘を差した。”まだ分からないから”って。
安定期に入るまでと言わず、産まれるまでは、って。
だからまだ、周りに余り言いふらさいないで、って。(笑)

それでも一様に、”おめでとう。寒い季節だから体を大切に”
って言ってくれた。(義母からは直接聞いてないけど)
ワタシ達二人以上に、周りにとっては”やっとできた”って感じだろう。
寧ろ本人達は、”二人でも楽しいね”って感じだったし。
夫の本音は、多少違ったみたいだけど。
だから治療再開したんだけど。

実母はともかく、義両親への報告は心強い。
すぐ近くに住んでるから。
何かの時は、きっと夫より頼りになるはず。
前回もそうだったし。
今は、義両親共に定年退職してリタイア生活だから、
前回より更に条件(?)が良くなった感じかな。ワタシにとっては。

次は、前職場のママ友達への報告かなー。
理由は、産院選びのため。
みんなこの近辺の病院で出産してるし、
時代を反映してか、殆どの人が高齢出産だから、
色々口コミ情報を集めるのに相談したいから。
一応、何院か目星はつけてるんだけどね。

”前回と違って、お腹の痛みも茶色のオリもないんだ”って言ったら、
”それが普通なんだよ”って言われた。母に。
そうなんだよね。これが普通なんだよね。
段々、”何もないこと”に慣れつつある。変な言い方だけど。
”何もなくて良いんだ”、”何もないことが良いんだ”って。
妊娠してることを瞬間的に忘れることもある。
そのくらいでちょうど良いんだと思ってる。今は。

週末は夫が食事を作ってくれるので、バランスの良い食事ができる。
ついつい食べ過ぎて、胃の調子が悪くなる。
気を付けないと。

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