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2007年8月 6日 (月)

最終決断の日・掻爬前日

”その日”は淡々とやってきた。
8月6日月曜日。最終決断の日。

前回の検診から、体調の変化は全くなかったのに、
前日の夜、茶オリが出て、当日の朝も出た。
無意識に、オリモノシートから、普通のナプキンに切り替えた。
本格出血になるかも知れない。
ショーツも、サニタリータイプのものに履き替えた。

”午前中に”と言われていたので、ゆっくり目に家を出る。
クリニックに到着したのは10時半頃。
8Fに移動するのに30分くらいかかった気がする。
9Fは、それほど混でる印象はなかったのに、8Fは激混み。
初診が増えてるんだろうなーと思う。

それから内診に呼ばれるまでも結構時間がかかった。
この期に及んで、まだ奇跡を想像する自分がいる。
そのせいか、それほど緊張はしなかった。

内診に呼ばれる。あの部屋。あの番号の部屋。
その部屋だけ設備が違うのは、前々から知ってる。
酸素吸入器(?)とかあるんだよね、一応。

声で、前回診てくれた先生と同じだと言うことが分かった。
優しく丁寧に話をするけど、どこか頼りない感じの先生。
”力を抜いて下さいね”と同時にプローブが挿入される。
横の画面を見ると、はっきりとした胎嚢、卵黄嚢が見えた。
”まだ、こんなにはっきりとしてるんだ。もしかして・・・”、と思った。
が、次の瞬間、殆ど大きさの変わらない白い固まりを見て、
更に、表示された矢印と共に、”これが赤ちゃんですが、
前回と殆ど変化がありませんね”との先生の声で、
”やっぱりそうか。そうだよね”と思った。

エコーの画面を変え、心拍を丁寧に確認してくれるも、無反応。
”残念ですが、予定通り処置をしますね”と。
力無く”はい”と答えると、足下の明かりが灯された。
消毒をし、金属器具が入った後、ラミナリアが挿入される。
これがホントに痛い。ツキーンと鋭痛が何度か走った後、
鈍痛が、じわじわと下腹部全体に広がり、腰が重くなる。
思わず腰が引けたワタシに、”ちょっと待って下さいね”と
手早くエコーを入れ、挿入状態を確認する先生。
”綺麗に入りましたね”との言葉が虚しかった。

足にタオルをかけられ、看護士さんの指示の元、暫くそのまま休む。
とても優しく丁寧な看護士さんだった。
声をかけるとき、さりげなく膝に手を当ててくれたりして・・・。

10分くらい休んだだろうか。痛みが殆ど引いてきた。
”動けますか?”と言われ、”大丈夫です”と答えると、
”では、着替えて前でお待ち下さい”と。
程なく診察に呼ばれ、”明日の予定は聞いていますか?”と。
”前回プリントをもらっています”と答えると、
”では、明日来て下さい”と言われたので、
”あの、この状態で激痛が始まって、なんてことないですよね?”と
聞くと、”今、フタをしてるような状態なので、
出血は無いと思いますが、激痛はなんとも言えません。
何か変化があったら、すぐに電話をして下さい。
ただ、夜中とかだと対応できないので、
その場合は、申し訳ないのですが、
近くの救急病院にご相談頂くことになります”と。
”でも、大丈夫だと思いますよ”と言われ、”分かりました”と
診察室を後にした。

会計を待っていると、夫からメール。”大丈夫ですか?”と。
時計は12時半を回っていた。まだ家にいるらしい。
”ダメそうならタクシーで帰るから。仕事でしょ?”と返すと、
”休んでも大丈夫なので、迎えに行こうか?”と。
”もし休めるなら、明日の方が有り難いんだけど”と返すと、
”分かった。明日ね”と返事が来た。

下腹部の違和感は殆どなくなっていたので、普通に電車で帰宅。
なんだか太陽が眩しかった。
思えば、初めてクリニックのドアを叩いてから1年になるんだなー。
あの日も、とっても暑い日だった。
今では考えられないほど、”冷え”を全く気にしない、
夏真っ盛りな服装だったな、なんて、変なことを思い出した。

”感情”は殆ど消えていた。フラットになっていたって感じかな。
何も考えたくなかったし、考えても仕方なかった。
唯一の救いは、肉体的な違和感がなかったこと。
ラミナリアが入っている感覚は全くない。痛みも出血もない。
もっと言うと、妊娠していた事実さえ、遠くに霞んで見るようだった。

あとは、明日を迎えるだけ。
夫が休んでくれそうなので、”足”の心配は無くなった。
それだけでも安心できる夜だった。

内診・子宮内清掃前処理
    (ラミナリア挿入・シプロキサン(抗菌剤)処方)  4,252円
助成金申請用書類代    1,575円

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