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2007年8月23日 (木)

歩く

買い物、って言えば、
雲が出てきて日も陰り、涼しくなった夕方に出かけたんだけど、
風がとても気持ち良くて、
久しぶりに、ちょっと歩きたいなーって思った。
で、行きつけのスーパーに行った後、一旦帰宅して荷物を置いて、
逆方向にあるスーパーに行った。
別にスーパーである必要はなかったんだけど。(笑)

涼しくなったら、またのんびり歩きたいなー。
仕事を始めても、できるだけ歩くようにしたい。
って言うか、”歩きたい”って気持ちを持てるような生活をしたい。
この半年で、ワタシにとって歩くことは、
スイッチを切り替えられる、貴重な時間になったから。

まぁ、仕事してれば、自然とスイッチなんて切り替わるんだけどね。

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猛反省

久しぶりに、持病(?)の、耳の聞こえが悪い症状が出た。
前回はいつだったかなー。
精神的ストレスとか、肉体的疲労が溜まったときに出る。
最初に出たのは、5年くらい前だったかなー。
当時、仕事で凄いストレスを抱えていて。

病院へ行って、薬を処方してもらって治ったんだけど、
はっきりとした因果関係は分からなかったんだけどね。
ストレスとの。
ただ、”可能性はある”って言われただけで。
薬を飲んでも治らないようであれば、精密検査、って言われて、
結局、薬で治ってきたんだけど。
繰り返すようだったら、やっぱり、ちゃんと調べた方が良いかな。
耳そのものじゃなく、脳疾患から難聴になることもあるみたいだから。
腫瘍ができてる、とかね。

今朝、M先生宛にメールを送った。
って言っても、個人のアドレスを知ってるわけじゃないので、
予約券に書いてあったアドレス宛に送ったんだけど。

連日、留守電にメッセージを残してくれた。
このまま放置するのは、やっぱりちょっと失礼だし、
だからって、直接会ったり話をしたりする勇気は出なかった。
そんなに構える必要はないと思うんだけどね。

昨夜は、予定外の外食をしてしまった。
週末、出かける可能性がかなり高いのに。
出かけると、どうしても外食することになっちゃうし、
外出が決まってる週は、平日の外食は控えたいと思ってるのに。
そのために、ちゃんと買い物してきたのに・・・。

猛反省。

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2007年8月21日 (火)

とある会話

その電車の中での会話。

夫:誰の金で飯喰ってると思ってんだ?

ワタシ:えっとー、誰だろう?

夫:離婚したら、家売って、ローン返して、
   残りは全部あげるよ。慰謝料として。
   そしたら俺は、○百万のお金を自分ひとりで使えるし。

ワタシ:家売ったら、そんなに差額が残る?

夫:1,000万くらいは残るんじゃないの?値崩れしてないし。

ワタシ:マジ?それ、全部ワタシにくれるの?

夫:うん、返すよ。

ワタシ:それも良いかもー。1,000万かー。何しようかなー。
     オーストラリアに移住する資金には、充分なるよねー。

ほほほ。約束よ?

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ホントに欲しい?

BBQに行ったとき、特急の自由席に乗った。
時間的にガラガラで、
夫は早速、売店で買い込んだパンを頬張り始めた。

暫くすると、ベビーカーを押した、同い年くらいの夫婦が乗ってきて、
ワタシ達の前の席を陣取った。
ひとつ前の椅子を回転させて、ボックスシートにして。
その瞬間、夫と顔を見合わせた。殆ど同時に。
多分、感じたことは同じだったんだと思う。

ベビーカーから降ろされた子供は、案の定はしゃぎだした。
夫に、”移る?”と聞くと、パンをかじったまま、黙って頷いた。
立ち上がって見渡すと、前方にまだまだ空席がある。
”同じ車両じゃない方が良いかも知れないから、
ちょっと見てくる”と席を立ち、前後の車両を確認する。
空席はあるものの、ぱっと見、
今いる車両が一番空いているようだった。

席に戻り、黙って荷物を持ち始めると、夫も続いた。
かなり前方に移って腰掛けると、子供の高らかな声が聞こえた。
腰を落ち着けて、”これだからワタシ達、子供ができないのかもね”
と言うと、夫は、”まぁね”と言った。
”でも、人んちの子だからねー”と言うと、
”母親の感じが悪かったんだよなー。ぶすっとした顔してて。
『この母親は子供を放置するぞ』って思ったよ。ほらね”と。
確かに、無愛想な感じの人だった。

その後も、奇声を発したり、車両の中を駆け回ったり、
お転婆ぶり(?)を遺憾なく発していた。
真後ろの席にいたら、かなりイライラしたと思う。移動して正解。

今回に限ったことじゃなく、ワタシ達はずっとこんな感じ。実は。
子供を、無条件に”可愛い”と思っていない。
寧ろ、”うるさい”と思ってる。
夫は、”親が悪い”って言うけど、ワタシはちょっと違うかな。
子供って多分、多かれ少なかれうるさいと思うし・・・。

総じて、ワタシ達はホントに子供が欲しいんだろうか。
特に夫は。
”自分の子供は違う”、”俺はああは育てない”って言うけど、
子供連れが前の席に座った瞬間、顔をしかめ、
席を移動してしまうようなワタシ達。
”自分の子供は可愛いはず”で済まされることだろうか・・・。

まぁ、子供を持った経験がないので、実際は分からないけど。

”子供が好き”なのと、”子供が欲しい”って言うのは、
少なくともワタシ達は別次元の話だった。
元々ワタシは、子供が好きってワケじゃないし。
その辺は、多分夫も同じだと思う。
ただ、”育ててみたい”って言うか、周りは子供だらけだし、
例えばBBQとかで、知人の子供達と接してると、
”子供がいても良いかも?”とか、”いたらどうだろう?”とか、
割と具体的に考えられるんだとは思う。
”子供が好きだから欲しい”ワケじゃなく。

だから余計、ワタシはもう、どっちでも良いんだけどね。
”どっちでも良い”って領域は、もう超えてるかな。
”苦痛な治療をしてまで欲しくない”って感じに。

実際に子供ができれば、当然育てる義務があるわけで、
勿論、自分の子供は誰よりも何よりも可愛いんだとは思う。
ただ、”どうしても欲しい”ってワケじゃないので、
例えばお金が有り余っていても、治療は続けられないかもって
正直思う。今は特に、ね。

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最後の電話?

思いがけない電話。M先生からだった。
ディスプレイに表示された携帯の番号。
見慣れない番号の時は出ないことにしてる。
用事がある人なら、留守電残すだろうし、って。

電話をじっと見てると、留守録ボタンが点滅した。
メッセージ、残したんだ、と思って聞いてみると、M先生だった。
”お元気でお過ごしですか?またお電話します”と。

涙が出そうになった。と同時に、胸が躍った。
久しぶりに聞くM先生の声。
先生が夏休みに入った間の流産だったから、
実質、1ヶ月くらい会ってないんじゃないかな。
今月いっぱい取ってあった予約を、先週末に全部キャンセルした。
それを誰かに聞いたのかも知れない。

ホントは、最後にもう1度顔を出そうかな、って、
ちゃんと挨拶してお別れしようかな、って思ってたから、
予約を残して置いたんだけど、
どんな顔して会えば良いか分からなかったし、
先生の顔見たら、泣いちゃいそうだな、って思ったし。
だから、先週、全部キャンセルしちゃったんだ。

半年間、体だけじゃなく、心のケアもしてくれた先生。
ホントにホントに感謝してる。
だから、会いたい気もするけど、でもやっぱり会えないよ。

殆ど無意識に、ディスプレイの番号を携帯に登録した。
留守録に残された声も、携帯に転送して保存した。
ワタシから電話できるわけもないけど、
消してしまうのは、ちょっと切なかったから・・・。

思慕とか恋愛感情とか、カテゴライズできる感情じゃない。
でも、多分、ワタシはM先生のことが好きだったんだと思う。
大好きだったんだと思う。
精神的に影響を受ける人って、きっとそうそう出会えないと思う。
そう言う意味で、貴重な存在だった。
妊娠継続できてたとしても、いつかはお別れする運命だったけど。

また電話が来るだろうか。正直、出るのが怖い。
でも、最後にちゃんと話さなきゃ失礼だろうな。
感謝の気持ちも、ちゃんと伝えなきゃいけないだろうな。
でも、その電話が最後だと思うと、
やっぱり出られないかも知れない。

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2007年8月20日 (月)

併走?

1年前、高度不妊治療を始めてから、
ワタシの生活の中心は、不妊治療になった。
11月には、2年半努めていた職場も辞めた。
その治療も、今回の流産をもって、一旦の区切りとなった。

術後2週間を過ぎ、今回の流産は、
前回の流産とは全く違う意味を為してきた。
それは、ワタシのこれからの人生の根底を揺るがすものとして。

このブログは、いわば単なる日記で、不妊治療記ではない。
ただ、不妊治療が中心になっている生活だったので、
その殆どが治療に関する記録になっていただけ。
その治療も、一旦区切りを迎えたことで、
必然、ワタシの生活も変わるので、ブログの内容も変わる。
その辺をちょっと考えてたりする。
ここはこれで放置して、別にブログを作ろうかなーって。
ただ、そうなっても、ここからは新しいブログにはリンクしない。
新しいブログからはリンクするかも知れないけど。

今考えてることは、”たゆたふ”とか”流れに身を任せて”とか、
ここのテーマに掲げていることとはちょっと違う。
不妊治療は、人力が及ばない、もっと大きな力に委ねて、
って気持ちが強かった。
でもこれからは、自分の力で切り開いて行く形になると思う。
そう言う方向性で日々を過ごしていきたいと思ってるから。
となると、今までとはカラーが真逆になるので、
ここで今後を書き続けていくことに、自分で違和感がある。
もっと言うと、意識的に、これまでとは違うカラーで生きたい。
だから、継続より心機一転の方が良いかなーって。
気分的に。

ブログのテーマが変われば、必然、コミュニティも変わる。
基本的にブログは、検索して人が寄ってくる。
今ここを見てくれてる人は、大半が治療中の人だろう。
でも、今後は、治療に関する新記述はなくなると思う。
ワタシ自身が、既に違うコミュニティを探してるし。
自分のブログに自分で居心地が悪くなってる。
それがホントのところかな。

取り敢えず、併走してみるか・・・。

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2007年8月19日 (日)

繋がって生きる

ワタシ的には分かってたことだけど、
BBQの翌日に、打ちっ放しに行けるような体力は残っていない。
思った以上に体力が落ちてる。

それでも、”買い物にくらい出かけようか?”と言う夫に、
”食べたばかりだし、出かけるようなら起こすから寝て良いよ”と
ベッドルームへ促した。
”晩ご飯は鶏すきでもしようか?”、”良いねぇ”って話したので、
どっちにしても食料品だけは買いに行かないと、なんだけど、
それもなんだか億劫な感じ。

丸ごと、全てをリフレッシュしたい感じ。今。
流産後、夫以外の人とのコミュニケーションは初めてだったから、
とても良い刺激になった。
外に出るって、人と接するって、一番良い気分転換なんだな。
今のワタシには、”気分転換”以上の効果があった。
ぼんやりとマイナスな空気に包まれていた毎日だったけど、
やっと、一筋の光というか、穏やかな流れが生まれた感じ。

夫の本音が見えない。愛されてると言う実感がない。
本当は、それが一番ワタシを不安にさせてることなんだと思う。
そう言っても、多分夫は何も言わない。
言われたところで、ワタシが求めている答えじゃない確率は高い。
だとしたら、無理して聞かなくてもいいかな、って思った。
ズレがあるとしたら、無理があるとしたら、
きっと自然と離れていくと思う。
離れるほどじゃないとしたら、どんな状態でも続いていくと思う。
離れることが×で、続いていくことが○じゃない。
大切なのは、”幸せ”を感じられるかってこと。
自分が自分らしく生きられるか、ってこと。お互いに、ね。
無理は続かない。ワタシだけじゃなく、夫だって同じことだから。

思えば、流産してからじゃなく、仕事を辞めてから、
余り人と接することなく過ごしてきたように思う。
不妊治療を再開して、この1年。
精神的には、結構不健全な日々を重ねてきたのかも。
その、”歪み”の矛先が夫に向けられてしまったように思う。
って言うか、夫にしか向けられないから。夫に向けるべきだし。
不妊治療は、ワタシひとりでやってるわけじゃないんだから。

生まれるべくして生まれた不信感もあり、
できるべくしてできた溝もある。
それはきっと、不妊治療云々の話じゃないと思う。
不妊治療だけが原因じゃないんだと思う。
くすぶっていたものが、不妊治療をきっかけに露呈したんだと思う。
その事実だけは、しっかり受け止めたい。

結婚生活は二人で築いていくものだけど、
二人だけじゃ見えないこともあるんだなー、って実感した。
それはきっと、夫婦がどうのこうのってことじゃなくて、
人間は本来、沢山の人と繋がって生きて行くべき生き物だって
ことなんだと思う。
沢山の人と繋がってるってことは、何物にも代え難い、
生きていく上で、とっても大切なことなんだなー、って改めて思った。

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BBQ

余り楽しくなかったなーって思ったの、初めてかも知れない。
参加6年目にして。

日も傾いてきた頃、子供達は家の中でテレビゲームに興じる。
大人だけが外でまったりと話をしていたとき、
”子供はまだなの?”と言うNさんの問いが、口火になった。

話すつもりはなかった。
でも、ワタシの中でくすぶっていた何かが吹き出してしまった。
結果、夫を槍玉に挙げることになってしまったのは反省してる。
勿論、誰が見ても、夫の行為は”良くなかった”と判断された。
でも、あの場で改めて紛糾しなくても良かったことだと思う。
”誰かに聞いて欲しい”って気持ちがあったのは事実だけど、
夫に対しては、ちょっと申し訳なかったと思ってる。

3人の子を持つNさんの奥さんは、間に3回流産していると告白。
”12週で流産したときは辛かった・・・”と。
更に、一番下の、2年生になる女の子は、
1,000gと言う、超未熟児で産まれてきたらしく、
更に、看護士の手違い(?)で、腕の長さに差が出てしまうような
疾患を持ってしまったらしく、その時の気持ちを吐露してくれた。
”そんなときもこの人(旦那さんであるNさん)は、
高いびきをかいて隣で寝てる。私は泣き通しで眠れなかったのに”
と。
どんな夫婦にも、どんな人にも、色々あって当たり前。

掻爬後、本格的(?)な外出は初めてだったからか、
下腹部が張って、若干濃い色目のオリモノが出た。
前の晩に余り寝付きが良くなかったせいで、寝不足気味だった。
電車で遠出の上、炎天下での海遊び&BBQで、
毎回それなりの疲労感を抱えて帰って来るんだけど、
今回は、海遊びは遠慮したし、終始曇り空で涼しかったし、
肉体的な疲労感は、例年の比じゃなかった。
ただ、精神的にかなり疲れてしまった感じ。

それでも、自然に囲まれた庭付き一戸建ては良いなーって思った。
改めて。
家主であるMさんに、”会うたびに、『一戸建てに住みたい』って
気持ちが強くなってるような気がするね”って言われた。
都心のマンション暮らしに疲れてるのは確かかも知れない。
元々田舎育ちなのもあるけど、住環境って大事なんだよね。
ウッドデッキに腰掛けて、心地良い風を受けながら空を見上げる。
ワタシもこんな暮らしがしたいなーって、心底思った。

独身族の若い子達は別として、既婚組はみんな年上。
そんな人達の、特に、奥さま達と話ができたのは良かったかな。
女の気持ちは女にしか分からないし、
流産に限らず、経験した人にしか分からない感情ってあるから。
夫を吊し上げる形になっちゃったのは反省してるけど。

来月、”焼きサンマ大会やるから”と言われた。
母集団は30人くらいいて、声かけはMさんの判断で為される。
要は、呼ばれたり呼ばれなかったりする、ってことなんだけど、
ワタシ達だけは毎回呼ばれる。
夫は、”Mさんがらうに会いたいからだよ”って言う。
多分、そうなんだろうと思う。
そう言う場所では、いつもワタシはムード・メーカーだから。
一番年上で、仕事上でもみんなの先輩・上司に当たるMさんに、
タメ口きいてるのはワタシだけだし。(笑)

参加するかどうかは分からないけど、参加するとしたら気を付けよう。
意識してる・してないに関わらず、
大人数の中で夫を攻撃するようなことは、もうしない。後味悪いし。

なんにしても、ワタシもそろそろ新しいコミュニティを探そうと思った。
夫婦関係をどうするにしても、子供をどうするにしても、
まず、ワタシ自身が新しくなった方が良さそう。
現状は、余り良い状態とは言えない。
自覚してなかったけど、腐り始めてるなーって思ったし。
それを気付かせてもらったって意味では、参加して良かったかな。
夫には、ホントにホントにごめんなさい、だけど。

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2007年8月17日 (金)

諸感

”食事して帰ります”とメールが来た。作る手間、省けた。

色んなことを断片的に考えてる。
答えを出すには至ってない。
・・・と言うか、元々、答えを出すつもりで考えてないのかも。
ただ漠然と、情報収集しつつ、”どうしようかなー”って思ってる程度?
いずれ方向性を決めなきゃいけないんだけど、今じゃない、みたいな?
だってまだ、やっと10日過ぎたところだもん。掻爬から。
もう少しの間、思考を止めても、罰は当たらないでしょ。

とは言え、大筋は決まってるんだけどね。

既に、妊娠したことも流産したことも、遠い昔に感じる。
12月に流産したときの方が、”余韻”が長かった。
2度目(実際は3度目だけど)で慣れちゃった、ってワケじゃない。
寧ろ、妊娠継続できると思ってなかったっぽい。
その方が、今の本音に近いかも。”やっぱりね”、って言うか。
結構不謹慎なこと、かも知れないけど・・・。

外気が冷たくなってきた。
もっと風が吹いてくれると、家中の空気が入れ替わるんだけどなー。
酷暑なら、ビキニに短パン、って思ってたんだけど、
なんだか雲行きが怪しくなってきたな。
チョイスし直さないと。BBQの服装。

3ヶ月で体重が3キロ落ちた。
夏場はいつもなんだけど、今年は特に、
冬場のウォーキングで褐色細胞が増えたせいだろうな。
それと、軽かったとは言え、悪阻のせい?

体重は減ったけど、妊娠すると、どうしても腰回りがぷるんとしちゃう。
そろそろボディ・メイク始めよーっと。む~馬も復活して。

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急な帰宅

お昼に夫が帰って来た。
メールで、”FD取りに帰ります”ってメールが来たとき、
”こういうときは、『届けようか?』って提案した方が良いのかなー”って
一瞬思ったんだけど、やめた。
暑くて面倒なのもあったんだけど、なんとなく、ね。

なんでも、オフィスのPCをリブートするのに必要になった、とか。
でも、今時FDドライブが標準装備されてるノートPCなんてなくて、
急遽、うちにある外付けのFDドライブを取りに帰ることになった、とか。

途中で家電が鳴って、”飯喰った?”って聞かれたから、
”まだ”と答えると、”喰うなら何か買って帰るけど?”と言うので、
”じゃ、任せるから適当に買ってきて”と頼んだ。
正直余り食欲はなかったんだけど。

涼しすぎるオフィスにいて、自然風の家でランチは可哀想かなーと、
急いでエアコンをつけた。

どこにしまってあったかなー、と、FDドライブを探す。
最初に目星をつけたところにあった。良かった。
程なくして夫帰宅。ハンバーガーを買い込んで。

食べながら、朝話をしていた”復帰コンペ”に話が及ぶ。
湖畔コテージのサイトを見ていたら、その日、予約状況が△だった。
それを話すと、”予約だけ取っちゃおうか?”と夫。
食後、珍しく自ら受話器を持ち、
ゴルフ場と湖畔コテージに、ささっと予約を入れてしまった。
”予約さえ入れておけば、あとはどうにでもなるし”って。確かにね。

あっと言う間に決まってしまった。

夫を送り出した後、下してしまった。
食べてる途中、危ないかなーとは思ってたんだけど、案の定。
空きっ腹に一気に食べたのも悪かったんだと思うけど、
朝、マッサージしてるときからなんとなく違和感があった。
それでも、朝の便通は普通だったから、
大丈夫かな?って思ってたんだけどね。駄目だった・・・。

昔から、何でも消化器系にきてしまう。精神的なことも肉体的なことも。
酷暑も手伝って、ちょっと疲れてるのかも知れないなー。
こういうときは、梅干しと、熱ーいお茶が一番。

夏が終わったら、仕事復帰を本格的に考えないと、な。

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慰安旅行

夫に、”『○○・・・』って、ネットで調べてみて”、と言われた。
早速調べてみると、湖を囲んで、コテージ・キャンプ場・温泉施設・
スパ・釣り場と、ホントに多彩な設備が整った、一大レジャー施設。

後ろに立った夫が、”どう?”と。
”凄いね。こんなところがあるんだ”と言うと、
”○○・・・(ゴルフ場)も近いし、良いかなーと思って”と。なるほど。
ワタシの復活コンペ旅行の話か。

早朝出発して1ラウンド。
そのままゴルフ場のロッジに宿泊して、翌早朝から2ラウンド目。
その後、その、レジャー施設に移動して、コテージに1泊。
翌朝から釣りをして、温泉・スパ等々を満喫し、
日が落ちた頃、帰路に付く。そんな計画を練ったらしい。

夫が出かける玄関先で、”もう1泊したらのんびりできるね”と言うと、
”10万超えになっちゃうよ”と苦笑い。
”それなら北海道ゴルフ旅行の方が良い?”と聞くと、
”それじゃ釣りとかできないよ?”と。なるほど・・・。

”取り敢えず今週末、ドライバーの試打しに行こうよ”、と。
ワタシのドライバーを新調してくれるつもりで、
お小遣いをへそくっているらしく、ある程度貯まったから、と。
言っちゃってる時点で、”へそくり”じゃないと思うんだけど・・・。(^^;)

ちなみに夫は、へそくりが好き。
・・・と言うか、お小遣いをいかに使わずに過ごせるか、と言うことを
楽しんでやってる節がある。
週に○円って形で渡してるんだけど、いつも殆ど残ってる。
で、貯めていく過程で、何に使うか決める、って感じ。
釣り竿だったり、自分のクラブだったり、む~馬だったり、
コーチのバッグだったり。(笑)
自分のもの、とか、ワタシのもの、とかの区別なく、
”その時、どっちかが欲してるもの”に使う傾向がある。
その辺が不思議なんだけどね。
普通、へそくりって自分のためにするもんじゃないの?って。

”BBQの上に打ちっ放し?”と聞くと、”だって早抜けでしょ?”って。
”まぁ、一応そのつもりだけど、
アナタ、飲んじゃうと分かんないじゃん”と言うと、
”いや、今回はそのつもりだよ”と。はいはい、一応聞いときます。

・・・と言うことで、世の中の”夏休み”が終焉を迎えた頃、
人の流れも一段落し、宿泊費もリーズナブルになる時期に、
”慰安旅行”に連れてってもらうことになりました。

それにしても、遊びの計画を立ててるときの夫って、
無邪気な顔して、ホントに可愛い。
ずーっとそのテンションだと良いのになー。(笑)

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2007年8月16日 (木)

暑い夏

言ってもしょうがないんだけど、暑いね。ホント。
エアコンが苦手で、例年、真夏でも数えるほどしか付けないんだけど、
今年は無理。付けないと、逆に体に毒。
大体、最低気温29.4度って、どういうこと?
日中40度近いから、理屈では、10度近く下がってるんだろうけど、
最低気温が最高気温みたいじゃないの・・・。

設定温度は28度から30度。ドライ。扇風機併用。
それでも、長時間エアコン下にいると、なんとなく調子悪いから、
11時頃に付けて、18時頃、完全に日が落ちたら切って窓を開ける。
うちは西南の角部屋なので、西日ガンガンに当たるから、
ちょっとでも日があるうちはカーテンすら開けられない。
冬場は暖かいんだけどねー。

でも、昨夜はこの夏初めて、一晩中エアコン付けっ放しだった。
夜になっても気温が下がらず、殆ど無風状態だったから。
ワタシは、いくらでも昼寝ができるけど、
夫は眠れないと辛いだろうなーと思って。

土曜日辺りから多少気温が下がって、天気も崩れるらしい。
そろそろ北の高気圧が南下してくるんだろう。
季節はちゃんと巡って来るんだよねー。
全体的に温暖化になってることは否めないけど、ね。

炎天下、缶ビール片手にBBQ。夏の醍醐味。
海風が気持ち良いお宅なので、日陰はとっても心地良い。
毎年恒例の、夏の楽しみ。
妊娠継続してたら行かない予定だったんだけど、
幸か不幸か、行けることになってしまった。
行く以上、楽しんで来るぞ。1年ぶりに会う人達もいるし。

そうそう、明け方から千葉の辺りが揺れてるね。何度か。
まさか、大地震の前触れだったりしないよね・・・。

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2007年8月15日 (水)

タイプ

桐ちゃんの次は手嶋マコト。
やっぱりワタシの原点は、洋平くんってことか・・・。(--;)

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2007年8月14日 (火)

病理検査?

そうそう、前回は何も言われなかったんだけど、
今回、唐突に、”病理検査の結果が出たのですが、
赤ちゃんに異常はありませんでした”って言われた。
思わず、”はぁ、そうですか”と、気の抜けた返事をしてしまった。
ワタシから、”検査して欲しい”とは言わなかったし、
検査するとも聞いてなかっただけに・・・。

やっぱり、あの、処置後に受付の台の上にあった物体は、
ワタシのベビだったんだ。病理検査用の。
・・・にしても、前回はしなかったのに、どうして今回は?
2度目だからかなー。
まぁ、黙っていてもしてくれたのは、有り難いことだけど。

実は今、不育症に関して色々調べてる。
ホントは、前回の流産後に検査するべきだったのかも知れない。
初回が7年前だったとは言え、2回目だったワケだし。
”続けて”じゃないからなー、って、軽く考えてたのは事実。
でも、今回流産して、それも、全てが心拍確認後の初期流産なので、
やっぱりワタシ側に疾患があるんじゃないか?って思ってる。
それもあって、一度、ちゃんと検査した方が良いかな?って。
勿論、このまま子供を諦めるなら必要ないんだけど。

不育症の人達のブログを色々見て回ってるんだけど、
不妊症&不育症って人には、今のところ出会ってない。
ワタシの場合、ダブルだから、治療費も倍かかってしまう。
妊娠前からの投薬は勿論、
妊娠初期から管理入院が必要だったりするみたいだから。
そうなると、資金的な問題がのしかかってくる。
不育症の検査自体は保険適用で、5、6万で済むみたいだけど、
その後、がね。自然妊娠はできないだろうし・・・。

現実は厳しい。

今のところ、ワタシ的には、もう治療は良いかな、って思ってる。
イコール、子供を諦めるってことなんだけど。
”諦める”って言うとちょっと違うんだよなー。
子供がいなくても別に良いかな、って、元々思ってたし。
1年前、今のクリニックに通うことに決めたのは、夫の一言だった。
”ひとりくらいいても良いかな”って言う。
ワタシはどっちでも良かったけど、夫がそう言うなら、って始めたこと。
だから今も、別にどっちでも良い。正直に言ってしまうと。

まぁ、無い袖は振れないので、すぐに再開は無理。
どっちにしても、仕事復帰しないといけないだろうな。
すぐに、ってわけじゃなく、2ヶ月くらいは休むつもりだけど、
短期にするか長期にするか、扶養枠にするかフルにするか、
色々悩みどころは多いな。
性格上、仕事が楽しくなると、家庭生活がおろそかになるだろうし、
夫もその辺のことは承知の上なので、また話し合わないと。

・・・と言うことで、今後は少し、”不育症”に関しての話題も出るかも。
不妊治療に負けず劣らず、不育症も奥が深いようです。

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術後検診(掻爬後1週間)

夏休み時期だし、午前中だけの診察だから、混むだろうなーと思って、
受け付け開始時間くらいに着くように行こうと思ったんだけど、
夫が5時に起きたのにつられて起きてしまい、二度寝してしまって、
気付けば8時を回っていた。
そうなるともう、何時に行っても同じなので、ゆっくり支度して出かける。

子宮内清掃術後、1週間検診。11時到着。310番台。
9Fには人が溢れかえっていた。同伴率が高い。
背もたれのない椅子をオットマンにして足を伸ばしてる男性発見。
こんな無神経な人とは結婚したくない。

15分程度で8Fに呼ばれる。
受付で、生保の診断書をお願いする。
基本は手渡しみたいなんだけど、担当のプランナーが夏休みで、
”急いで郵送しますから”と対応してくれたもの。
電話の翌日に、速達で届いた。

9Fに負けず劣らず8Fも凄い混みよう。待つのを覚悟する。
判定でも妊婦検診でもないので、全く緊張感はなし。
結構待った。30分くらいかなー。内診に呼ばれる。
どうしていつも同じ番号の内診室なんだろう・・・。
”診察しますねー”の声と同時にプローブガ挿入され、
あっという間に抜かれ、”診察室の前でお待ち下さい”と。
前回もそうだった。
子宮の中が綺麗になってることを確認するだけなので、
ホントに一瞬、エコー画像を確認するだけで終わってしまう。

診察に呼ばれるまでに、また30分くらい待っただろうか。
既に12時を回っていた。
”子宮の中は綺麗ですよ。この後は、βhcgと言う、
胎盤性のホルモン値が0にならないと採卵ができないので、
その経過を観察することになります。
なので、2週間後に来て下さい”と言われ、”分かりました”と答える。
”ありがとうございました”と席を立った。

ホントは、”自然に生理が来るのを待っても良いですか?”って
言おうかなーって思ってた。今後の治療の予定は白紙だから。
でもまぁ、卵胞の成長具合を確認するみたいなので、
もう1回くらい受診しても良いかなーと思って、何も言わなかった。
いざとなったら、そのままブッチしちゃっても良いし。

4Fに降りても凄い人。ここでも30分くらい待たされた。
結局、全てが終わったときには13時を回っていた。
血液検査がなかったのに2時間コースは、やっぱり長い。

帰宅途中、2年くらい前に通っていたカラーリングの専門店を覗く。
入り口に、”CLOSED”の文字。やっぱり夏休みかー。
自分でやっても良いんだけど、全体的に退色が進んじゃってるので、
今回はプロにやってもらおうと思ってたんだけど。
週末、BBQパーティもあるし・・・。

簡単に買い物して帰宅。
金曜日までにカラーリングしたい。
もしかしたら、留守電に夏休み期間のアナウンスがあるかも知れない。
もし金曜日まで休みだったら、行きつけの美容院に行こう。
金額的に2、3千円違うので、ちょっと痛いけど・・・。

電話すると、暫く待って、テープじゃない、生の声が返ってきた。
まさか人が出ると思わなかったので、ちょっとびっくり。
”あ、えっと、カラーリングをお願いしたいんですけど、
お休みじゃないですか?”と聞くと、”大丈夫ですよ”と。
”じゃ、伺って良いですか?”と言うと、”15時くらいで良いですか?”と。
”じゃ、15時頃伺います”と電話を切った。なんだ、やってるんだ。

お昼ご飯食べてる時間ないなー、と思い、お茶で濁す。
週末予約を入れていた、健康診断のコールセンターに電話を入れる。
BBQとぶつかってしまったので、日程をずらすため。
朝、夫に、”9月の頭の平日”って言われていたので、そう言うと、
”9月15日まではいっぱいなんです”と言われる。
で、2人の枠が空いてる日を探してもらって、9月の終わりに決まる。
生理があたるかも知れないなーと思いつつ・・・。

時間ギリギリにサロンに到着。
以前はずっとオーナーがやってくれたんだけど、夏休みとのこと。
なんだかサロン全体が雑然としていた。
テーブルには、飲みかけのコーヒーと灰皿いっぱいの吸い殻。
”なんだか落ちたなー”と思いつつ、椅子に促される。
掃除もろくにしてない感じ。埃が積もってるってわけでもないけど。
ベランダの洗濯機の中に、洗ったまま?乾かしたまま?のタオルが
どっさり入ってるのが見えた。あらまぁ・・・。
元々ね、オーナー自体がだらしない感じ、したんだよね。
女性オーナーなんだけど、当時は、飲み屋と両天秤だった。
今は、結婚して子供もできて、飲み屋はやめちゃったみたいだけど。
40代後半かなー。

今日担当してくれた人も、ちょっとだらしない感じだった。
あのオーナーにして、この人有り、みたいな。
まぁでも、やってもらって、料金と見合わないと思えば、
もう来なけりゃいいや、と思って、任せることに。
浸透の待ち時間、外に出て行っちゃったのには驚いたけど・・・。(^^;)

退色が進んでたのもあって、暗めの色にしてもらった。
元々地毛の色が真っ黒なので、退色すると完全にプリンになる。
日に焼けて肌の色が黒くなってきたので、
逆に、髪の色は明るくない方が良いなーと思って。年齢的にも。

出来上がりは、さすがプロ、って感じ。腕は悪くない。
お金をもらってるんだから当然だけど。
シャンプーの前、目の前で爪を切って研ぎだしたのには閉口した。
多分、”長いと地肌が傷ついちゃう”って思ったんだろう。
せめてバックヤードでやりなさい!って感じだった。

一事が万事そんな感じだったんだけど、出来上がりには満足。
金額的にもお手頃なので、やっぱり良いかも。

本屋に立ち寄り、料理本を物色。
なかなか”これ!”ってものが見つからず、取り敢えず帰宅。
朝、パンを食べただけなので、さすがにお腹空いた。
夫が早く帰宅するなら、待ってるんだけどなー。
ここまで来たら、ひとりで食べるより一緒に食べる方が楽しいし。

・・・って感じの、最近にしてはアクティブな1日だった。
昼間、外出することが殆どなくなっていたので、暑さが堪えた。
今、昼間の外はもの凄く暑いのね。びっくりした。
溶けるかと思った。(^^;)

出血も殆どなくなり、食欲も戻りつつある。
施術の翌々日から続いていた便秘も、
今朝、久しぶりに下腹部マッサージをしたせいか、すっきり解消。
少しずつ体を動かして、基礎体力を回復させなきゃ。

流産施術後の術後検診(内診)  2,100円

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2007年8月13日 (月)

虚無感

久しぶりの、キンキンに冷えた、泡がなめらかな生ビールは、
とっても美味しかった。
でも、アルコールを飲めるようになってしまったことに、
正直ちょっと切なくなって、胸がキュンとした。

昨夜、近所にできたばかりのホルモンやさんに行った。
フロア担当の店員さんは、
ホルモンに関してはド素人なワタシ達に、丁寧に目を配ってくれて、
部位の説明や焼き方・食べ方を教えてくれた。
ウォン・ビン似の、とっても可愛い男の子だった。日本語も堪能で。

体の回復と逆行して、心の虚無感が増しつつある。
前回の経験からして、一時的なものだってことは分かってるけど、
なんだかこのまま廃人のようになってしまうんじゃないかって、
一抹の不安もある。
やらなきゃいけないことが目についても、気力がないし。

夫には、決まった夏休みがない。取るも取らないも自由。
世の中が夏休みのこの時期に、まとめて休む人も多いみたいだけど、
わざわざ混む時期に休む必要ない、ってことで、
毎年時期をずらして休みを取っている。
今のところ特に予定がないんだけど、
お泊まりゴルフ&渓流釣りに行くことになりそう。
夫的には、ワタシの気分転換&慰労のため、って感じなんだろう。
色々調べてるみたい。
勿論、ワタシ以上に自分が行きたいんだろうけど。

家でぼーっとしてるのも飽きちゃってるんだけど、
だからって、どこに行く・誰と会うって気力があるわけじゃない。
今週末は、毎年恒例のBBQパーティがある。
今は、”決められた予定”があることが、正直有り難い。
自発的には何も決められないから。

1ヶ月くらい、
オーストラリアに移住した、友達夫婦のところに行きたいなー。
そう言ったら、夫は苦笑いしていた。
分かってるよ、無理だってことは。言ってみただけ。

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2007年8月12日 (日)

ムカつく!

あー、もう、ムカつく。ホント、ムカつく。
夫の自己中っぷりに、マジ、キレそうになるのを必死で我慢。

何も変わらないのは夫だけ。何も感じないのは夫だけ。
ホントにもう、この人、どういう神経してるんだろ!

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2007年8月11日 (土)

夫婦の形

半年ぶりくらいにペディキュアを塗った。
今年は、サンダルの季節になっても、
三陰交を冷やさないため、ずっと靴下を履いていたし、
出かけるときは、歩き易いように、殆どスニーカーだったから、
ペディキュアを塗る必要性がなかった。
季節はまだ、夏真っ盛り。
これからまだまだ素足の季節なので、塗ってみた。

お腹が空いても作る気力がなく、自分は有り物を適当に食べ、
夫は晩ご飯を外で食べて帰る日が続いていた。
今日のランチは、久しぶりにキッチンに立った。
暫く買い物にも行ってなかったので、有り物かき集めて、
タンドリーチキンとオニスラ、エビ・ブロッコリーのマヨ和えを作り、
薄餅(ボーピン)に巻いて。
フライドポテトはタルタルソースと生ケチャップを付けて。
薬も終わったし、ちょっと飲もうかな、と思って、
いつも買い置きしてあるシャンパンの中から、ロゼをチョイス。
約3ヶ月ぶりのアルコールは、結構効いた。
やっぱり料理は楽しいし、”美味い!”と食べてくれるのは嬉しい。

心拍停止の宣告を受けた3日後、夫は予定通りコンペに行った。
その日のことを、ちょっと話した。”ホントはね、”って。
基本的に、過ぎたことを蒸し返すのは好きじゃないんだけど、
その時言わなかったんだから、納得してそうしたんだから、
後からごちゃごちゃ言うのはルール違反だと思ってるんだけど、
ある人とのメール交換で、やっぱりね、伝えた方が良いかと思って。

”人数的にどうしても休めなかった”と言う夫。
それでも、”休まなくて大丈夫?”って言って欲しかった、って。
”『やめようか?』って提案されたら、『行って良いよ』って言うだろう、
ワタシの性格、まだ分かってないの?”と言ったら、
”next time!”(次からはそうします)って。

一応伝えたし、夫も”次は気を付ける”って言ってくれたから、
この話はこれでおしまい。
ワタシもこれからは、思ったことはその時に伝えるようにしようと思う。
伝えてるつもりだったけど、我慢して飲み込むことが多いのも確か。
それが、後になって尾を引いたり、信頼関係に揺らぎが出たり、
夫婦関係に支障を来す要因になったら本末転倒。
”相手の成長する機会を奪ってしまってる”、ってメールで言われた。
その通りかも知れない、って思ったから。

時には感情的になっても良いのかも知れない。
相手の顔色を見て飲み込むことも、確かに必要なことだけど、
どっちでも良い、とか、後でも良い、なんてレベルじゃなく、
流産って言う、尋常じゃない状態だったわけだから、
勿論、相手から自発的に心配してくれるのが理想だけど、
そうじゃなかったら、もっと要求しても良いのかも知れない。
それが、夫婦であり、家族ってものなのかも知れない。
夫だけじゃなく、ワタシもまだ、成長の余地があるのかも。

自分では良かれと思ってやってることでも、
周りから客観的に見たら、ちょっとズレてることってあるんだろうな。
色んな人からメールをもらうと、ホントに考えさせられることが多い。
不妊治療や流産のことだけじゃなく、夫婦関係のことも、
もっともっと、色んな人の意見を沢山聞きたいなーって思った。

Pさん、ありがとう。後でちゃんとお返事書きますね。(^^)

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2007年8月10日 (金)

服用終了

前回もそうだったけど、術後すぐより、
数日経ってからの方が、下腹の重痛さが強くなる。
とは言え、前回のような激痛に襲われることはなく、
今朝、無事にメテルギンを飲み終えた。やれやれかな。

出血はまだ続いてる。
完全に止まるまでには10日くらいかかるだろう。
どちらにしても、術後検診が終わるまでは、
無理しないように過ごそう。

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夜、落ちる

掻爬当日・翌日までは、恐らく、流産したことの悲しみよりも、
恐怖の手術が終わったことへの安堵感でいっぱいだったんだと思う。
”心拍が見えない”と言われてから手術が終わるまで5日間、
奇跡的願望と絶望感と恐怖感でいっぱいだったから。
だから、スッキリした感いっぱいの気持ちだったんだと思う。
でも、さすがに、日が経つにつれて段々と、
寂しさや悲しさや虚しさがこみ上げてきてる。
特に、夜が強い。

過去に戻れるなら・・・。ワタシはいつに戻りたいだろう。
ベッドに横たわり、ふと、そんなことを考えた。
振り返ってみると、”この時期に戻りたい!”って時期がない。
口をついて出てきたのは、”記憶のない時期に戻りたい”って・・・。

実家のアルバムにある、やっと1歳になったくらいの写真。
可愛い浴衣を着せてもらい、頭には大きな黄色いリボン。
庭先のブランコに乗せられて、満面の笑みで撮られた写真。
できれば、あの頃に戻りたい、って。

結婚は早かったものの、母もなかなか子供ができなかった。
30を過ぎて兄を産み、中ひとり流産をして、
ワタシを産んだのは36歳だった。
”春生まれの女の子が欲しい!”と願って、
半ば計画的に仕込んだ(笑)らしい。

念願通り、春にワタシが産まれた。
いわば、望まれて、願われて産まれてきた、待望の子供だった。
でも、低体重児で、なかなか保育器から出られず、
当時の医療技術では、
”長くは生きられないかも知れない”と言われたらしい。
そんないきさつもあって、とても大切に育てられたらしい。

あの、写真で笑うワタシは、こんな人生を送るなんて、
戻りたい時期が思い浮かばないような人生を送るなんて、
3回も流産して、自分のような子供を抱けないでいるなんて、
想像もしなかっただろう。
どうしてこんなになっちゃったんだろう。
記憶をたどる限り、記憶がある時点では、既にズレていた気がする。
だから、記憶のない、産まれて間もない頃に戻りたい。
今残っている、全ての記憶を消してしまいたい。

そんな、もの凄く陰鬱な感情に押しつぶされて、
”こんな風に30年以上も人生を無駄にしてしまってごめんね”、って、
タオルケットを顔に押しつけながら、嗚咽した。
”あの頃のワタシ”に申し訳ないと思った。

夜って怖い。底なしに落ちて行ってしまう。
夜が明ければ、虚しい感覚が多少残ってるものの、
そこまで自己嫌悪な感覚は残っていないのに・・・。

それでも、そろそろ人生の折り返し地点に立つ歳。
これから先、どうやって生きていくのか、考える時期だと思う。
本当はどうしたいのか。どう生きていきたいのか。
今までの人生を否定したいのであれば、
せめてこれからの人生は納得できる人生にしたいし。
子供のことに関しても、ある程度の結論を出さないといけないし。

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2007年8月 9日 (木)

なんだかダラダラ過ごしてしまった。
家事中心に、やりたいことはいっぱいあるんだけど、”気”が起きない。

時々下腹部に軽い生理痛のような収縮感がある。
腸がゴロゴロ鳴って、ガスが溜まり易い。
暑さも手伝って、体が重い。基礎体力落ちてるなー。
体重が落ちちゃってるのもあるし、術後、下したからなー。

焦る理由はないので、暫くはダラダラ過ごそう。
無理して復活すると、揺り戻してガクンと落ちそうだから。
できるだけ”無”になろう・・・。

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正常値?

今日はちょっと落ちてる・・・かも。
”落ちてる”って言うより、昨日のテンションが高すぎたのかも。
それが、正常値に戻っただけなのかも。

ダメージが皆無なワケじゃないし、低反発なワケじゃない。
そう簡単にショックを吸収して、元には戻れない・・・よね。

やっぱりワタシも生身だってことよね。当然だけど。

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2007年8月 8日 (水)

そうじゃなくて・・・

うーん・・・。
そうじゃないんだけど。ホントにそうじゃないんだけど。

”無理して明るく振る舞わないで!”ってメールが続々と・・・。
どうしてそう見えるんだろう。
普通はそうなの?だったら、やっぱりワタシは強すぎる?
でもまぁ、確かに前回とは全く違うよね。それは自覚してる。

ホントにね、ホントにスッキリした気持ちなの。
流産がショックじゃないワケじゃない。悲しくないワケじゃない。
でも、ホントに今、気持ちは穏やかで凪いでるの。
それは多分、”できる限りのことはやった”からだと思う。
どんな結果になっても、精一杯頑張ったって実感がある。
それで駄目なら仕方ない、って、最初から思ってた。
その辺は、日々のブログ、特に鍼治療の日のブログに、
多く綴ってきた、”ホントの気持ち”なの。

そう言う”域”に精神が到達できたのは、
他のなんのお陰でもない、M先生との時間のお陰だと思ってる。
”鍼治療”のブログを読み返してみると、
自分でも、どんどん変わっていくのが分かる。
元々ワタシ、精神修養的な領域が好きだったのもあるし、
どこか、俗世間から逃げ出したい、みたいな価値観を持ってる。
その辺の琴線が、M先生の波長に触れたんだと思う。
そう言う意味では、とっても貴重な存在に出会えたのかも知れない。

ワタシの代わりに悲しんでくれてる人達がいる。
”無理しないで”ってメールをくれる人達がいる。
ちょっと不思議だけど、とっても嬉しいことだと思ってる。
夫が素っ気ないだけに。(笑)

心配しないで。ホントに。ホントにホントに。
少なくとも、無理してるわけじゃないの。
今は、陽でも陰でもない、ホントにフラットで穏やかな状態なの。
それは、ワタシにとって、とても心地良い状態なの。
だから、心配されると逆に恐縮しちゃうよ・・・。

メールの返事は、もう少し待ってね。必ず個々にお返事します。
ホントにホントにありがとう。(^^)

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強すぎる?

ワタシが明るすぎるから?元気すぎるから?平気そうだから?
もっと落ち込んで、泣きはらしたような目をして、
がっくり肩を落として、”もう、死にたい・・・”とか言えば良いの?

残念ながら、精神的・肉体的苦痛を重ねると、
人間って、どんどん強くなっちゃうんだよね。
ワタシの場合、それに輪をかけて、M先生の説法が効いてる。
それでも前回は、子宮収縮の痛みが続いていたし、
M先生に会ってなかったから、精神的にガクンと落ちたけど、
今回は、不謹慎なほど気持ちがスッキリしてる。

それは、悲しくない、とか、ましてや、流産して良かった、
なんて思ってるワケじゃ勿論無く、”受け入れてる”ってこと。
しょうがないから。起こってしまったことは。
取り消せないし、リセットもできない。受け入れるしかないから。
そのスピードがちょっと速いのは、M先生のお陰だし。

傷ついてないワケじゃない。悲しくないワケじゃない。
体が全く辛くないワケじゃない。
でも、それを嘆いたところで、状況は全く変わらない。
時間は前にしか進まない。
”今”を受け入れなければ、先のことなんて見えないもの。

夫にしてみれば、”なんでこんなに元気なんだろう?”って、
”どうして何もなかったような顔してるんだろう?”って、
逆に思ってるのかも知れないな。
それこそ、”流産して良かった、なんて思ってるんじゃないか?”って。
お酒も飲めるようになるし、ゴルフにも釣りにも行けるし、って。

それは確かにそうかも知れないけど、
それ以前に、辛さと引き替えに楽しいことを考えてる、とか、
楽しいことを考えることで辛さを忘れようとしてる、とか、
願わくば、夫にはそう思って欲しいなー。実際そうでもあるし。

夫から見たら、ワタシは強過ぎるのかも知れない。
強すぎて、可愛気がないのかも知れない。
”俺のこと子供だと思ってるでしょ?”って昨夜言われた。
”完全に思ってるよ。そう思わなきゃやってられない”って、
ワタシもはっきり言ってしまった。
そう言うところが、もしかしたらワタシの悪いところかも。

でも、今更”可愛い女”、”か弱い女”にはなれないよ。
そんなの、”ホントのワタシ”じゃないし。
それでも、男の人ってやっぱり、そう言う女が好きなんだろうか。

とは言え、か弱い女を装って100%寄りかかったりしたら、
俄然ウザくなるくせに。ホント、面倒。(苦笑)

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夫という人

コロンなんか付ける余裕があるなら、
”体調どう?”って、ウソでも、
一応心配してるような言葉のひとつでもかけられないの?
シャワー浴びるために外した洗濯物ひとつ戻さないで。
ワタシはこれでも、掻爬翌日なのよ?
ホントに薄情な人!

・・・って、出かけた直後、メールしてやろうと思ったんだけど、
やめた。
そんなの、なんか虚しいし。

昨夜もちょっと思ったんだけど、夫と続けていけないかも。
今回のことだけじゃない。夫は、”そう言う人”。
そこを認めて一緒に暮らしてきたつもりだけど、限度ってあるから。
多分、ワタシが今求めてるのは、遊んで楽しい人じゃない。
気持ちを共有できる人だと思う。
優しい言葉をかけろ、とか、心配してる振りをしろ、とか、
根本はそこじゃない。
想像したり理解しようとしたり、そう言う努力をしようとする人。
そうやって、”今”を共有しようとしてくれる人。
そう言う意味では、夫は、そう言う部分が完全に欠落してる。

夫とのことも含めて、これから自分がどう生きていきたいか、
どう生きることが幸せか、望んでいる生き方なのか、
良く考えようと思う。
少なくとも、一緒にいて虚しくなる相手と一緒にいても、
それは”幸せな人生”じゃないと思うから。お互いに。

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子宮内清掃術・当日

8時半の時間指定で4F受付へ。
受け付け番号票を手渡され、”いつも8Fですよね?
今日も8Fになりますので、8Fの受付で声をかけて下さい”と言われる。
8Fに上がり、受け付けに声をかけ、問診票を渡す。
カルテは既に受け付けに上がっていた。やっぱり混でるなー。

時間指定だったにもかかわらず、内診まで30分も待った。
いつも思うんだけど、時間指定の意味って、何?

言わずと知れた、昨日と同じ番号の内診室。
エコーで確認するまでもなく、”では、違う薬を入れますね”と。
二段階で子宮口を広げることは、前々回の説明で知っていた。
多分、昨日より大きめのラミナリアを入れるんだろうなーと思った。
昨日入れたガーゼとラミナリアを取り出し、新しいのを入れる。
その瞬間、昨日の痛みとはちょっと違う、
でも、激痛には変わらない痛みが走って、また腰が引けた。
先生は手を休めず、”大丈夫ですか?”と声を発した。
大丈夫なわけ、ないでしょ。
・・・って言うか、ダメだったら抜いてくれるわけ?半ギレ状態。

昨日よりずっと重たく、ずっと強い鈍痛が腰全体に広がった。
”昨日と同じように、また少しここで休んで下さい”と、
多分、昨日と同じ看護士さんが、
むき出しの下半身にタオルをかけてくれた。

10分は経っていないと思う。
違う看護士さんがやってきて、”動けそうですか?”と。
ちょっと嫌な予感がして、”動くって、どこへですか?”と聞いた。
前回は、すぐにリラックスルームのベッドへ移動したんだけど、
”今日は採卵者が多くてベッドがいっぱいだ”、と、
声をかけられる前に耳に入ってきたから。
”まだベッドが空いていないので、取り敢えず、
前の椅子で待って頂くことになります”と。冗談でしょ。
”座って待つのはしんどいです”と言うと、”そうですよね・・・”と。
”では、もう暫くここで休んで下さい”、と。
動けそうになったら声をかけて下さい”と。”はい”と答えた。

程なくして、優しい看護士さん(笑)がやってきた。
”動けますか?”と。”まだベッドが空かないのですが、
横になれるスペースがあるので、移動できれば・・・”と。
”足を上げたままの格好は辛いでしょう?”と。はい、その通り。
横になれるなら・・・、と、”動きます”と言うと、
”では、ゆっくりで良いので、着替えて下さい”と言われる。
内診台を降り着替え始めたとき、”大丈夫かなー”と聞こえた。
ホントに優しい看護士さん。

”着替え終わったら、処置室に声をかけて下さい”と言われた。
声をかけると、処置室の中のベッドに横になるように指示された。
もう、横になれるならどこでも良い、と、倒れ込んだ。
処置室の中は雑然としていた。ホントに忙しいらしい。
ぼんやりとした頭で、色んな声が飛び交うのが聞こえる。
途中、ヒューナーテストで自然妊娠した、
との院長先生の声が、聞くともなく耳に入ってきた。
そんな人もいるんだー。
”帰って旦那さんに、『自然妊娠できたよ!』って言ってあげなさい”
って言われていた。
あとは、10週になるのに卒業診察(?)に来ない人への電話とか・・・。

1時間くらい処置室にいただろうか。
やっとベッドが空いたとのことで、リラックスルームに移る。
処置室のベッドは堅かったので、やれやれ、と一安心。
処置自体は12時頃だと聞いていた。まだ1時間以上時間がある。
”着替えられれば着替えて、横になっていて下さい”と言われる。
一応、下着とキャミを付けたまま術着を来て、横になる。

下腹部の鈍痛は続いていた。
20週で流産した人のブログを思い出していた。
”下腹部の重痛さに、『早く産んでしまいたい』と思った”って。
その人は、週数も進んでいたので、分娩となったらしい。
その気持ちが分かる気がした。
重めの生理痛がずーっと続くような、下腹部の違和感。
力一杯何かを押し出したくなる衝動。
ワタシも早く、産んでしまいたい・・・。

11時半を回った頃、看護士さんがやってきた。
”トイレに行ってショーツを外して、帽子をかぶって下さい”と。
指示通りにして横になる。下腹部の鈍痛はかなり引いていた。
”痛み、もっと強くなってくれないかなー”と思った。
そうすれば、”早く産んでしまいたい”って気持ちでいられる。
痛みが引いてしまうと、その後の痛みの恐怖が襲ってくる。
痛いなら痛いまま、処置に突入してしまいたい、と。

ベッドに戻ると、すぐに看護士さんがやってきて、
”筋肉注射をしますが、肩とお尻、どちらが良いですか?”と。
そうだった。確か、麻酔の導入剤だった。
前回同様、”お尻にお願いします”と横になった。
”右と左、どちらが良いですか?”と聞かれ、
”そんなのどっちでも良いよ”と思ったんだけど、
向き的に左の方がし易いだろうなーと思い、”左に”と答えた。
こんな時まで看護士さんに気を使うなんて・・・。(苦笑)

注射跡を揉みながら待つ。
恐らく、最後の採卵の人がオペ室に入るのが分かった。
10分?15分?待ち時間は長く感じる。
その人が出てきてからも尚、10分くらい待っただろうか。
”○○さん・・・をお願いします”と声が聞こえ、
慌てて看護士さんが駆けて来た。
普通、次の人はオペ室前の椅子で待つことになってるのに、
看護士さんの指示が無く、ベッドで横になったままだったから。

前回と違い、オペ室は光々と明かりがついていた。
オペ室って薄暗いイメージだし、前回はそうだった。
今回は、全てが見渡せるほどの明るさだった。
このままの状態でオペするの?!って感じ。

既に背中を向けて座っていた先生に、”お願いします”と声をかけた。
返事はない。うつむいたままだった。前回もそうだった。
その時思った。これ、マニュアルなんじゃないか、って。
一応、”残念ながら・・・”と言う意思表示なんじゃないか、って。
クリニック内での、暗黙の了解、と言うか・・・。
横顔で、割と高齢の先生だと言うことが分かった。
指示通り横になり、施術が始まる。
今回は、看護士さんが横でずっと説明してくれた。
消毒、麻酔、処置開始。麻酔が痛かったかなー。やっぱり。

低いうなり声を上げると、前回同様、看護士さんが手を握ってくれて、
”鼻から吸って、口からゆっくり息をして下さい”と声をかけてくれた。
吸引が始まると、卵巣というか腸というか、
脇腹が引っ張られるような痛みが走り、うなり声も大きくなる。
前回と同じく、”絶対『痛い』って言わない”と決めていた。
産むんだから、と。
その分、獣のような、低いうなり声を上げていた。(笑)

”はい、終わり。大丈夫?”と先生の声が聞こえた。
それと同時に看護士さんが、”子宮が収縮する注射をします。
生理痛のような痛みがあると思います”と、肩に注射をした。
でも、前回のような、キューっと縮む感じはなかった。
終わってみると、前回より楽だったなーと思った。
先生の手際(?)も良かった感じ。
ワタシが慣れただけ?とも思ったけど、慣れたくないよ。(苦笑)

”止血用のガーゼを入れていないので、
すぐにトイレに行ってナプキンを当てて下さい”と言われた。
前回はガーゼを入れたまま横になったんだけど、結局出血して、
ベッドと術着を汚してしまったから、
どっちにしてもすぐにナプキンを当てようと思っていた。
指示通りトイレに行って、大きめのナプキンを拝借。
自分でも持って行ったんだけど、看護士さんに、
”ナプキンはトイレにありますから”って言われたから。
なんだかふわふわした、ホントに大きなナプキンだった。

ベッドに戻ると看護士さんがやってきて、
”30分~1時間横になって下さい”、と言われた。
”水分は取っても大丈夫ですか?”と聞くと、
”先生に聞いてみますね”と言われた。
オペ室を出るとき、オペに付き添ってくれた看護士さんにも
同じことを聞いたんだけど、”先生に確認してみます”と言われた。

そうそう。トイレを出るとき、受け付けに先生が座っていて、
その目前に、透明容器に入った物体が置いてあった。
瞬間、”ワタシの胎嚢?”と思った。多分そうだと思う。
”そんなところに置くなよー”と思った。

横になってすぐ、付き添ってくれた看護士さんがやってきて、
”水分は取っても大丈夫だそうです。今、何か持ってますか?”と
聞かれ、”あります”と答えた。朝から絶飲食だったんだけど、
オペ後、喉が渇くのは分かっていたので、用意して行った。
スポーツドリンクとのど飴。
麻酔と”うなり声”のせいだと思う。喉が渇くの。(笑)
スポーツドリンクを一口含み、横になった。
喉は渇いてるんだけど、余りガブガブ飲める感じじゃない。
のど飴を口に放り込んで、また横になった。

携帯を取り出し夫にメール。時間は12時前だった。
予定より早く始まって、早く終わったらしい。
”今終わりました。休憩が終わって、お会計に降りるときに
またメールします”と。返事がない。恐らく寝てるんだろう。

痛みは殆ど感じなくなっていた。その点でも前回と違う。
前回は左右の下腹部に痛みがあって、腰を押していた。
先生の腕か、慣れてしまったのか、週数の関係か・・・。
30分程して看護士さんが来た。”お腹の痛みはどうですか?”と。
”まだ少し重いです”と言うと、”では、動けそうになったら、
トイレで出血を確認して、声をかけて下さい”と。
前回は1時間休んだ気がする。短くなったのかな。

10分経った辺りで、重さは多少あったものの痛みはないし、
ここに横になっていても気を使うし、と思って立ち上がった。
受付にいた看護士さんに、”出血の確認をします”と声をかけ、
トイレに入った。前回より出血しているような気がした。
大きい割に、なんとなく心許ないナプキンだったので、
自分で持っていったナプキンに取り替えた。

トイレを出て看護士さんに声をかける。
”出血はしてます”と言うと、”どれくらいですか?”と。
どれくらい?って言われても・・・、と悩んでいると、
”ポタポタ垂れるくらいですか?”と聞かれ、
”便器の中が赤くなっているので、垂れてるとは思いますけど・・・”
と言うと、”痛みはどうですか?”と。
”痛みは大丈夫です”と言うと、”では、取り敢えず着替えて頂いて、
声をかけてもらって良いですか?”と。

着替えて受け付けに声をかけると、
メテルギンとシプロキサンと、プリントを手渡された。
簡単に説明を受け、”この後、8Fの待合いで待ってて下さい。
先生からお話がありますので”と言われた。
前回もそうだったっけ?座ってるのは辛いなーと思った。

しかも、なかなか呼ばれない。
午前の受付時間はとっくに過ぎているのに、激混み状態。
30分は待ったと思う。処置室に呼ばれた。
呼んだのは、処置をしてくれた、高齢め(?)の先生だった。
”注意事項は紙に書いてありますから読んで下さいね。
お風呂のこととか、セックスのこととか、ね。
で、次回は一応1週間後に来て下さい。
ねぇ、折角ここまで来たのに残念だったねぇ”と。
なんだか、初めて暖かい言葉を聞いた気がした。
同じような言葉を発してくれた先生は、多分いたと思うけど、
この先生は、なんて言うか、暖かみがあった。
雰囲気が、近所の町医者のおじさん、って感じだったからかな。
”おじいさん”に近いかも知れないけど・・・。(笑)

4Fに降りるとき、夫にメール。”会計に降ります”と。返事無し。
やっぱりね、寝てるんだ。
ちょっと切なくなったけど仕方ない。夫は元々そう言う人。
最悪、タクシーで帰ることにしよう。幸い、それほど辛くないし。
でも、なんのために仕事休んだんだか・・・。寝るため?(笑)
それでも、待っている間、2度ほど追加メール。
”おーい・・・。”、”起きな・・・い?”と。
2通目のメールで、”すまん”と返事が来た。
”起こしちゃってごめんね。今、会計待ち”とメールすると、
”これから出ます”と。やれやれ。(^^;)

会計、結構待った。座った状態って、結構辛い。
名前を呼ばれたとき、夫からメールが来て、”止めて待ってる”と。
会計を済ませて外に出ると、いつもの場所に車が止まっていた。

丁度お昼時だったので、ファミレスでランチすることに。
胃の辺りが重く、余り食欲はないんだけど、
何か食べないと薬が飲めないから、と軽めに食べる。
それでも、夕方下してしまった。殆ど全部。
夫はリビングで寝息を立てていたので、
晩ご飯も軽く食べて薬を飲んだんだけど、再び下痢。
薬、流れ出ちゃってないか?とちょっと心配。

前回、メテルギンによる、子宮収縮の痛みが結構辛かった。
看護士さんにも、”重い生理痛のような痛みがあると思います。
対応もできますが、どうしても必要な薬なので、
どうしても辛いようならお電話下さい”と言われていた。
でも、下痢で流れてしまったのか(笑)、
今回は、今のところ、全く痛みがない。
週数の関係もあるのかなーって、ちょっと思う。
前回と2週くらい違う。子宮の大きさも、きっと違うと思う。
余り大きくなってないのかも?と。

こうして、クリニックでの2度目の子宮内清掃術が終わった。
総じて、前回より辛くなかった。だから、慣れたくないって。(笑)
色んな要因はあると思う。辛くない方が有り難いし。

胃の不快感は続いてる。
でも、洗濯物を干すとき、桜の木を渡ってくる風が気持ち良くて、
”夏だなー。季節は、黙っていても巡って来るんだよねー。
それが、『生きてる』ってことなんだよねー。
生きてることに感謝しよう”って思った。
不謹慎な言い方かも知れないけど、悲しみより、爽快感というか、
なんだか爽やかな気持ちになっている。それが不思議。
これも、M先生の説法鍼(笑)のお陰だと思う。
もしかして、術中・術後の体調が前回より良いのは、
鍼治療のお陰だったりもするのかも?

だからって、余り無理せず、1週間くらいはのんびり過ごそう。
少なからず、体に負担はあったはずだから。
今月いっぱい取ってある鍼治療の予約をどうしようか。
今ちょっと考えてる。
報告も兼ねて、最後に1回M先生の顔を見たい気もするし・・・。
取り敢えず、今週の鍼はキャンセルしようっと。

子宮内清掃術
(メテルギン(子宮収縮剤)・シプロキサン処方)  9,620円

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2007年8月 7日 (火)

子宮内容清掃(掻爬)

今日、全てが終わった。

沢山のメール、ありがとう。
コメントを閉鎖してから、ホントに沢山の人からメールをもらった。
どれだけ励まされ、勇気づけられたか分からない。
ホントにホントにありがとう。

数日は、メテルギン(子宮収縮剤)による痛みとの格闘。
その後、2回の術後検診を無事終えたときが、
ホントのジ・エンド、だと思ってる。

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2007年8月 6日 (月)

最終決断の日・掻爬前日

”その日”は淡々とやってきた。
8月6日月曜日。最終決断の日。

前回の検診から、体調の変化は全くなかったのに、
前日の夜、茶オリが出て、当日の朝も出た。
無意識に、オリモノシートから、普通のナプキンに切り替えた。
本格出血になるかも知れない。
ショーツも、サニタリータイプのものに履き替えた。

”午前中に”と言われていたので、ゆっくり目に家を出る。
クリニックに到着したのは10時半頃。
8Fに移動するのに30分くらいかかった気がする。
9Fは、それほど混でる印象はなかったのに、8Fは激混み。
初診が増えてるんだろうなーと思う。

それから内診に呼ばれるまでも結構時間がかかった。
この期に及んで、まだ奇跡を想像する自分がいる。
そのせいか、それほど緊張はしなかった。

内診に呼ばれる。あの部屋。あの番号の部屋。
その部屋だけ設備が違うのは、前々から知ってる。
酸素吸入器(?)とかあるんだよね、一応。

声で、前回診てくれた先生と同じだと言うことが分かった。
優しく丁寧に話をするけど、どこか頼りない感じの先生。
”力を抜いて下さいね”と同時にプローブが挿入される。
横の画面を見ると、はっきりとした胎嚢、卵黄嚢が見えた。
”まだ、こんなにはっきりとしてるんだ。もしかして・・・”、と思った。
が、次の瞬間、殆ど大きさの変わらない白い固まりを見て、
更に、表示された矢印と共に、”これが赤ちゃんですが、
前回と殆ど変化がありませんね”との先生の声で、
”やっぱりそうか。そうだよね”と思った。

エコーの画面を変え、心拍を丁寧に確認してくれるも、無反応。
”残念ですが、予定通り処置をしますね”と。
力無く”はい”と答えると、足下の明かりが灯された。
消毒をし、金属器具が入った後、ラミナリアが挿入される。
これがホントに痛い。ツキーンと鋭痛が何度か走った後、
鈍痛が、じわじわと下腹部全体に広がり、腰が重くなる。
思わず腰が引けたワタシに、”ちょっと待って下さいね”と
手早くエコーを入れ、挿入状態を確認する先生。
”綺麗に入りましたね”との言葉が虚しかった。

足にタオルをかけられ、看護士さんの指示の元、暫くそのまま休む。
とても優しく丁寧な看護士さんだった。
声をかけるとき、さりげなく膝に手を当ててくれたりして・・・。

10分くらい休んだだろうか。痛みが殆ど引いてきた。
”動けますか?”と言われ、”大丈夫です”と答えると、
”では、着替えて前でお待ち下さい”と。
程なく診察に呼ばれ、”明日の予定は聞いていますか?”と。
”前回プリントをもらっています”と答えると、
”では、明日来て下さい”と言われたので、
”あの、この状態で激痛が始まって、なんてことないですよね?”と
聞くと、”今、フタをしてるような状態なので、
出血は無いと思いますが、激痛はなんとも言えません。
何か変化があったら、すぐに電話をして下さい。
ただ、夜中とかだと対応できないので、
その場合は、申し訳ないのですが、
近くの救急病院にご相談頂くことになります”と。
”でも、大丈夫だと思いますよ”と言われ、”分かりました”と
診察室を後にした。

会計を待っていると、夫からメール。”大丈夫ですか?”と。
時計は12時半を回っていた。まだ家にいるらしい。
”ダメそうならタクシーで帰るから。仕事でしょ?”と返すと、
”休んでも大丈夫なので、迎えに行こうか?”と。
”もし休めるなら、明日の方が有り難いんだけど”と返すと、
”分かった。明日ね”と返事が来た。

下腹部の違和感は殆どなくなっていたので、普通に電車で帰宅。
なんだか太陽が眩しかった。
思えば、初めてクリニックのドアを叩いてから1年になるんだなー。
あの日も、とっても暑い日だった。
今では考えられないほど、”冷え”を全く気にしない、
夏真っ盛りな服装だったな、なんて、変なことを思い出した。

”感情”は殆ど消えていた。フラットになっていたって感じかな。
何も考えたくなかったし、考えても仕方なかった。
唯一の救いは、肉体的な違和感がなかったこと。
ラミナリアが入っている感覚は全くない。痛みも出血もない。
もっと言うと、妊娠していた事実さえ、遠くに霞んで見るようだった。

あとは、明日を迎えるだけ。
夫が休んでくれそうなので、”足”の心配は無くなった。
それだけでも安心できる夜だった。

内診・子宮内清掃前処理
    (ラミナリア挿入・シプロキサン(抗菌剤)処方)  4,252円
助成金申請用書類代    1,575円

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2007年8月 4日 (土)

交錯する

・・・とは言え、油断すると涙が出てくる。
もの凄く不安定。そりゃそうだよね。

”運命なんだ”って受け入れる瞬間もあれば、
”どうして3回も?”って自暴自棄になる瞬間もある。
正直、クリニックからの帰り道、歩道橋を渡ってるとき、
”飛び降りたら死ねるかな”って思ったのも事実。
歩道橋くらいじゃ、骨折するくらいかな。(笑)

掻爬の痛み・辛さを知ってるだけに、恐怖心もある。
その反面、回復の早さも知ってる。
当日の夜と翌日までくらいは、子宮収縮の痛みが辛いけど。

前回は、その場でラミナリアを入れ、数時間後に手術だったけど、
今回は、前日にラミナリアを入れ、翌日に手術になるらしい。
ラミナリアを入れた状態で帰宅し、一晩過ごせるだろうか。
なんか、その方が心配なんだけど・・・。

夫は今日、前から予定されていたゴルフに出かけていった。
状況的に、突然出血したり、
激痛が襲ってきたりする可能性も否めないって言ったんだけど、
それでも、”行かない”とは言わなかった。
言っても、”行って良いよ”って言ったと思うけど、
苦しいのも痛いのも、ワタシだけなんだなーって思った。
この辺の記憶が、今後の夫婦関係に影響しないと良いけど、ね。

食欲もなく、便秘になってるせいか、下腹部が終始チクチクする。
前回流産したときと、体調がちょっと似てきてる。
今は取り敢えず、手術前に大出血とか激痛とか、
そう言うのが始まらないことを祈るのみかなー。特にひとりの時は。
そんな気持ちとは裏腹に、
相変わらずお腹に話しかけてるけど。(苦笑)

驚くほど冷静で穏やかな気持ちになれる瞬間もある。
そう言うときは、M先生のお陰だなーって痛感する。
自分でどうにかできることじゃない。
もっと大きくて、人知の及ばないものに支配されている。
全ては与えられること。決められていること。
そう思えば、悪あがきすることなく、冷静に受け入れられるはず。
苦痛に対する恐怖は否めないけど、それも一瞬のこと。
”生きてる”ことの幸せは変わりない、って。

先のことはまだ分からない。今は考えたくない。
どっちに転んでも、自然と答えが見えてくるだろう。
その流れに身を任せることにしよう。

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2007年8月 3日 (金)

一夜明けて

昨夜は珍しく、夫が早く帰宅した。
仲の良い先輩に、ワタシが流産した(?)ことを告げると、
早く帰れるように取りなしてくれたらしい。
しかも、重箱のような箱に詰められた、
とっても上品なクッキーのセットを、”お見舞い”として渡されて・・・。

”まだ決定じゃないんだよ。まだベビ、ここにいるんだし”と言うと、
”そうなの?”と。何聞いてんだか。
”これでもし、来週心拍が見えたら、ただの詐欺だよ”と。
余りに高級そうなクッキーセットだったので。(笑)

それにしても、こそっと買って持たせるなんて、
気が利いてると言うか、粋なことすると言うか。
聞けば、年は3つしか違わないんだけど、バツイチだとか。
やっぱり、辛い経験してる人って、その分優しいのかも。
ちょっと会ってみたくなった。

一夜明けて、変わらずPCに向かうときはOAエプロンを付けて、
気付くと、お腹に声をかけ続けてる。すっかり癖になっちゃってる。
”ねぇ、どうしても産まれてくるの、嫌?
ワタシのお腹で成長するの、嫌?”なんて聞いてみたりして。
”来週、ちゃんと大きくなって、心拍も確認できて、
二人で奇跡起こしてやろうよ。先生驚かせようよ”、なんて。
つたない希望でも、ベビがお腹にいるうちは、諦めたくない。
その気持ちが、ベビに対しての誠意だと思うから。

加齢だけが問題じゃなく、不育症なのかも知れない。
最初の妊娠と2回目の妊娠が5年以上間が開いてるとは言え、
今回流産したら3回目。
それも、全部心拍確認後、ってことになる。
こうなってくると、胎児側だけの問題じゃない気がする。
今回の治療を再開する前に、
検査を受けておいても良かったかも知れない。
ラストだ、って決めていたなら、尚更、ね。
まぁ、今更後悔しても仕方ないけど。時間は戻せないから。

ガスが溜まり易く、時々下腹部がチクチクするけど、
腹痛とか出血とか、全くない。
お腹にいるんだから、当たり前と言えば当たり前だけど、
現実を突きつけられても尚、奇跡級の逆転を望んでしまう。
でも、”納得行かない!”、とか、”絶対諦めない!”とか、
鼻息の荒い感じじゃなく、割と冷静に考えてる。
決して無理してるとかじゃなく、ごくごく自然に。
だって、何も変わってないんだもの。自覚的には。

それこそ、流れに身を任せて、たゆたってる感じ。
理想的と言えば理想的な状態かな。皮肉だけど。

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2007年8月 2日 (木)

無感情で・・・

呼ばれた番号の内診室には良い思い出がない。
なんだか嫌な予感がした。

エコー画像が映し出されてすぐ、ワタシの目にも分かった。
余り成長していない胎児の姿と、心拍が無いことが・・・。

その場では何も説明されず、
”お話がありますから、診察室の前で待って下さい”と言われた。
前回は、その場で処置が始まったので、
もしかして、ワタシに見えなかっただけ?と思った。
でも、大きさは明らかに小さかった。

診察室に呼ばれると、”えっとね、心拍が見えないんですね。
大きさも、8週目としては小さすぎるし。
このままだと納得できないと思うので、来週もう一度診察して、
状況が変わらなければ、翌日手術になります”と。
淡々と、手術の手順と、”受精卵には寿命がある”と言う話を、
時々笑顔を交えつつ話し続ける先生を見て、
”どうして笑ってるんだろう?”って思った。

”手術の手順だけ、処置室で聞いて帰って下さい”と言われた。
分かってるんだけど・・・。
処置室に呼ばれ、プリントを渡された。
次の診察までの数日間を、何もせずに過ごすのかーと思った。
胎嚢がしっかりしていて、大きさも大きくなっているので、
完璧に稽留流産。
”今の状態だと、体が流産したことに気付かないと思います”って。

殆どなんの感情もないまま帰宅。
信じられないとか、悲しいとか、そう言う感情も全くなし。
寧ろ、”まだ分からないじゃない”的な感情が沸き上がってきた。
1週間後としては、明らかに大きくなっていない胎児。
でも、まだ分からないじゃない、って。

会計待ちの時、夫にメールするも返事無し。寝てるんだろう。
まっすぐ帰宅して、ベッドルームに声をかける。
”心拍が見えないって”と。”ウソ”と声を発した夫に、
先生から説明された事柄を淡々と伝え、部屋を後にした。
すぐに、明日の鍼治療のキャンセルの電話を入れた。
施術で血行が良くなって、万が一、があると迷惑になるし。

簡単にお昼ご飯を食べ、母に電話。別件で留守電が入っていて。
母には妊娠のことは伝えていない。
伝える必要はないと思ったので、話さなかった。
”野菜を送ったよ”との言葉に、世間話をして電話を切った。

珍しくエアコンをつけたリビングで、ソファに横たわり熟睡した。
勿論、お腹は冷やさないように、遠赤パンツは履いて。
”絶対諦めない!”って強い気持ちじゃなく、
ベビがお腹にいるうちは、環境を変えたくなかった。
それが、ベビに対するワタシの愛情だから。

朝、新宿駅で起きた人身事故で、電車の中に30分缶詰になった。
思えば、その辺から嫌な予感、だったのかも知れない。
まぁ、現実にはそんなことは関係ないんだけど。

ちょっとお腹が張ってる気がするけど、腹痛も茶オリもない。
でも、日曜日にちょっと気になる茶オリが出た。
今思うと、あのときに心拍が止まったのかも知れない。
流産も3回目ともなると、なんとなく分かってくる。

今は、なんの感情もない、と言うのが正しいと思う。
診察日まで、大量出血とか、激痛とか、
そう言うことが起こらないように、って、それくらいかな。
手術もきついけど、経験してるから。
先生に、”必要以上に緊張したり怖がったりすると、
痛みが増長されるので、余り心配しないで”と言われた。
確かにその通りかも知れない。

無感情のまま、”その日”を迎えたい。今はそう思う。

妊婦検診  4,000円

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