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2006年12月18日 (月)

その日⑤

4Fに降りて会計を待つ。人影はまばらだった。
色々なことが頭を巡る。時々涙が出そうになるのを、ぐっと堪える。
ここで泣いちゃダメ、って。

約束の時間を過ぎても夫からメールが来ないので、
”パーキング難民かな?”ってメールすると、
”今やっと着いた”と返事が来た。道が相当混んでいたらしい。
”今4Fにいます”と返事すると、”行きます”とメール。
夫の顔を見たら泣いちゃうかもなー。でも、できるだけ我慢しなきゃ。
自分に言い聞かせた。

間もなく夫がやってきた。
顔を見た途端、やっぱり涙が溢れてしまった。
隣りに座った夫に頭を抱えられると、益々涙が溢れてきた。
それでも、歯を食いしばって我慢すると、会計に呼ばれた。
なんとか平静を装っても、涙が自然と流れ出てくる。
見ると、お腹の大きな看護師さんだった。
ワタシの涙を見て、視線をそらした。ちょっと切なかった。

会計を済ませてエレベーターへ。
待ってる間、エレベーターの中でも少し泣いた。
ビルを出るとき、”いくらワタシが好奇心旺盛だからって、
何もフルコース経験することないよねー”と少しおどけて言うと、
夫は少し笑った。”フルコースか”って。
無麻酔掻爬だと言うことは、夫も知っていた。
前にワタシが話した。”そんなことになったら恐ろしいな”って。
空砲から無麻酔掻爬までフルコース。高々4ヶ月のうちに。

帰りの車の中で、”疲れた。ホントに疲れた”って言ったら、
”まぁしょうがないよね。割り切るしかないもんね。
卵がへなちょこだったし”って。へなちょこ??
どうやら、融解胚盤胞の形がいびつだったことを言ってるらしい。
そんなこと、まだ覚えてたのか。
夫の中では気になってたんだろうな。記憶に残るほど。
”形は余り関係ないみたいだよ”って言ったんだけどな。

夫には本当に申し訳ないと思っている。
またパパにしてあげられなかった。
”少し休んで、暖かくなったら再開したら?”って夫は言うけど、
正直、できるだけ早く再開した方が良いんじゃないかなーって
思ってる。年齢的なこともあるし。
それに、余り間を開けてしまうと、気持ちが萎える気がする。
お金の問題もあるけど、できるだけ先生の指示通り、
治療を再開したいと思ってる。
やっぱり夫をパパにしてあげたいから。
卵のストックがないから、また1からやり直しだけど。

術後検診は1週間後。
注意書きを見ると、出血は1週間~10日続くらしい。
湯船に浸かるのは、次の検診で先生の許可が出るまでダメ、
腹痛・肩こり・腰痛等、色んな症状が出るらしい。
メテルギンによる子宮収縮の痛みは生理痛並。
横になっても痛いようだったら連絡下さい、と言われた。
生理痛か。
取り敢えず、術後検診が終わるまでは大人しくしてよう。

晩御飯の後、処方された薬を飲んだ。
看護師さんが言った通り、服用1時間半後くらいに痛みが襲ってきた。
ちょっと重めの生理痛、って感じ。
夫は既に寝ていた。精神的にも肉体的にも疲れたんだろう。
ひとり、痛みに耐えていると、なんだか急に悲しくなってきた。
流産、それ自体でも、充分心が萎えてるのに、
追い打ちを掛けるようにお腹が痛む。
記憶が鮮明なうちに、とノートに事の次第を書き出していく。
その間も涙が溢れ出てくる。ただただ流れてくる感じ。
どんな感情も当てはまらない気がした。
でも、泣いた方が良いんだ、って思っていた。我慢しないで。
声を上げて泣いた。夫が先に寝てくれていて良かった。

こうして、”その日”は終わった。

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