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2006年12月22日 (金)

無条件の優しさ

ある、流産経験者のコミュニケーションサイトに、
”流産したから離婚しようと切り出された”と書き込みがあった。
なんじゃそれ、って思った。

勿論、そこに至るまでには色々あったのかも知れない。
旦那さんには旦那さんの言い分があるのかも知れない。
でも、明らかに打ちのめされてる状態の人間に対して、
例えどんな状況であれ、追い打ちをかけるなんて、
とても人間業とは思えない。
別にそんなときに言わなくても、って思う。
せめて肉体的に回復してから、でも。
勿論、精神的にも回復してからに越したこと無いけど。

相当精神的に不安定になってるらしいその人は、
”もう死んでしまいたい”と。
その後、鬱病を発症してしまい、精神科に通っていると。

もしワタシだったら・・・。考えたら恐ろしくなった。
ワタシは今、夫の存在の有り難さを痛感してる。
誰でも良いわけじゃなく、この人が隣にいてくれて良かった、って。
妊娠する前も楽しかったけど、
治療を再開して、嫌な面も一杯見たけど、
でも、最終的にこの人が側にいてくれて良かった、って。
妊娠したからこそ、流産したからこそ、気付けたことだから、
そういう意味では、マイナスばかりじゃなかったな、って思えるし。

そのサイトでの色々なやり取りを見ていて、
流産がきっかけで、それまで仲の良かった友達との関係性に
悩むみ始める人も多いことも知った。
流産によって身近な人との関係性のバランスが変わってしまう。
それはきっと、自分が精神的にかなりなダメージを受けてるからも
あると思う。
流産だけじゃなく、精神的に弱ってるとき、
やっぱり人は、優しさとか暖かさを無条件で求めてしまう。
弱い時じゃなかったら全く気にならない言動も、
弱い心にグサグサと刺さってしまうんだと思う。

理想を言えば、相手が気を使うべきだと思う。基本的には。
凹んでる人を前にしたら、いつも以上に優しくなるべきだと。
それと同じくらい、本人も、”今凹んでるから、かなり傷ついた”って
声を出すべきなんじゃないかと思う。
それができないほど傷が深ければ、暫くは籠もっても良いと思う。
変わってるのは自分の状況だけだって、冷静になれるまで。

無条件の優しさって、結構難しいと思う。相手だって人間だし。
それを機に人間関係を整理するのも有効的だと思う。
”ホントに大切な人なら、傷つくようなことは言わない”って
実際コメントしてる人もいたけど、確かにそうかも知れない。
ワタシなら、”本性見たり!”って思って、離れるだろうな。
ただ、相手にも、色んな状況や事情があるんじゃないかと、
一度は思うかも。そこまで冷静になれるかどうかは別として。

ワタシが今回一番腹が立ったのは、実母の言葉だった。
”なんで?冷えるような格好してたんじゃないの?”って。
”なんで?”って聞かれても、理由なんてワタシにも分からないし、
(実際は無理した自覚もあるんだけど)
移植前から、岩盤浴に行ったり、遠赤の長パンツ履いたり、
カプサイシンが折り込まれたハイソックス履いたり、
体を冷やす生野菜は食べなかったり、お酒をやめたり、
数え上げたらきりがないほど、”冷え”に対しては気を使ってきた。
離れて暮らしてるから、実際見えないし分からないとしても、
実の母親からそんなこと言われると思わなかった。
母にとっても待望の子供だったから、ショックだったのは分かる。
でも、咄嗟にそう言う言葉を発してしまう母の性格に、
今更ながらに苦笑してしまった。
”そういう人だから仕方ない”ってすぐに飲み下したけど。
”種なし”発言といい、母と夫はやっぱりどこか似てる気がする。

まだ、ふとした瞬間に涙が出てくる。
今日は、綺麗な夕焼けを見てるとき、
”一緒に見たかったなー”って思ったら、涙が出てきた。
元々この家は、いつ子供ができても良いように買った家。
この綺麗な夕焼けを、いつか一緒に見ることができるだろうか。

溜まった悲しみ・苦しみは、涙で流すのが一番良い。
だから、泣きたいときは我慢しない。
でも、夫の前では、もう泣きたくないかな。

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