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2006年12月17日 (日)

その日③

施術を待つベッドでの2時間は、あっと言う間に過ぎた。
13時45分頃、看護師さんが来た。いよいよか。
”トイレに行ってキャップを被ったら声を掛けて下さい”と。

指示された通りに支度を整え声を掛けると、
”麻酔の導入のための筋肉注射をしますが、
肩とお尻、どちらがいいですか?”と聞かれた。
”お尻にお願いします”と言うと、”ベッドに横になって下さい”と。
妊娠中は、胃薬でさえ我慢してたのに、既に薬漬けか。
”10分か15分後には処置になります”と言われ、
注射跡を揉みながら待った。筋肉注射ってホントに痛い。

暫くして再び看護師さんがやって来て、
手術室の前の椅子へと促された。
見ると、6つある全てのベッドが既に埋まっていた。
採卵や移植を待つ人達だろう。
咄嗟に、ワタシが最初なんて縁起が悪くて申し訳ないなーと
思ってしまった。

手術室のドアが開き、採卵や移植の時と同じように、
名前を呼ばれ、カルテの名前を確認する。
見ると、注射が一本入っていた。茶色っぽい液のやつ。
”これもするってことかなー”と、ちょっと萎える。

手術室には既に、担当らしい若い先生が背を向けて座っていた。
”宜しくお願いします”と背中越しに声を掛けるも、
挨拶は愚か、振り向きもしないで何やら準備してる。感じワル。
看護師さんに促され、ベッドの上に仰向けに寝転がる。
これも、採卵や移植の時と全く同じ体勢。
違うのは、スタッフの人数の少なさ。
先生以外に、看護師さんが2人しかいない。
名前や生年月日を連呼されることもなかった。

リラックスルームのベッドの上で、処置を待つ間に決めていた。
”痛い”って絶対言わない、って。
部分麻酔ってことは、当然かなりの痛みを伴うと覚悟していた。
でも、産む気で耐えようと思った。
物凄く早くて物凄く小さいけど、産み落としてあげるつもりで、って。
思えば、この時既に後悔していたんだと思う。
前回の検診の後、駅向こうの高島屋まで歩いて行ったこと。
せめて4ヶ月に入るまでは、用心してし過ぎることはなかったはず。
毎年のこととは言え、カレンダーを買うために無理をした。
そんなことのために、この子は命を失ってしまった。
ワタシが殺したようなものだ、って。
だから、どんなに痛くても我慢しようって。
実際の出産の痛みには到底及ばないとしても、
この子がお腹で生きた分、もしかしたら苦しんで命を失った分、
ワタシには、痛みに耐える義務があるんだから、って。

処置が始まった。
できるだけ深く息をし、お腹の上で両手の拳を握りしめる。
鈍痛・鋭痛、激痛、重苦しさ。
器具を入れる、麻酔を入れる等、小声で一応説明してくれるも、
何をどうしてるのか、痛みと苦痛で既に分からなくなっていた。
とにかく歯を食いしばって耐えていた。
低い唸り声をあげ、拳には一層力が入り、体はのけぞった。

”肩から子宮収縮剤を注射しますね”と看護師さんに言われた。
あ、あれは子宮収縮剤だったんだ、と思った。
注射を打たれた直後、下腹がきゅーっと縮むような感覚が。
痛みはそれほど無いけど、強く下に引っ張られる感じ。
拳に一層の力が入り、歯を食いしばっていきんでいた。
頭の中で冷静に、”ドラマの出産シーンみたい”って思った。
子宮収縮剤って、こんなにすぐに反応するんだ、って。

苦痛に唸っていると、注射を終えた看護師さんが、
ワタシの握り拳の上にそっと手を乗せてくれた。
”もうすぐですからね”と。
マニュアルなのかも知れないけど、思わず涙が出てしまった。
人の体温って、あんなにも人を安心させるんだな。

吸引するような音が室内に数回響いた。
それに合わせて子宮が収縮してる感覚がある。
”掻き出す”って聞いてたけど、吸い取るんだ、って思った。
吸引が終わると、掻き出しているような感覚もあった。
消毒してるのかも?拭き取ってるのかも?良く分からないけど、
結構痛みがあって、腰が引けた。

暫くして、”はい、終わりましたよ”と言われた。
全ての器具が取り除かれ、違和感がやっと無くなった。
両眼尻に涙が溜まっていた。
悲しみの涙じゃなく、痛みに耐えた苦痛の涙。
ウミガメの産卵シーンみたいだな、と思った。
体の拭き取りが終わり体を起こすと、既に先生はいなかった。
”歩いて戻れそうですか?”と聞かれ、”はい”と声を絞り出す。
”ゆっくりで良いですから。
ベッドに戻って、楽な格好で休んでいて下さい。
また看護師が声を掛けますから”と言われ、
”どのくらいですか?”と聞くと、”1時間くらいです”と言われた。
”お世話さまでした”と軽く頭を下げ、ベッドに戻った。

ベッドに横になると、少しだけ涙が出た。
喪失感より、”やっと終わった”、と言う安心感で。
ホントに怖かった。
”1時間くらい休むみたい”と夫にメールすると、
”じゃ、1時間後に下で待ってる”と返事が来る。
すぐに、”ひとりで歩ける?上まで行こうか?”とメールが来る。
”休んでみないと分からないから”と返事をする。
”分かった”と返事が来る。
”後の流れが分からないので、15時半頃着くように来て、
近くのパーキングに車を止めて、9Fにいて”とメールする。
”分かった”と返事が来る。

左右の、ちょうど卵巣かな?って辺りに、
引っ張られるような痛みがあった。
”楽な格好で”と言われたので、あれこれ姿勢を変えてみる。
痛みのある部分の背中に拳を当て、仰向けで押すようにすると
いくらか楽だったので、そのままじっと目を閉じていた。
痛みと違和感は30分くらいで治まった。

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コメント

らうさん。こんばんわ。
きっと・・・らうさんはこのブログ書くのに涙で文字が見えなくなってしまうんでしょうね。
読んでいる私も切なくて悲しくて涙が止まりません。
優しい旦那様ですね。らうさんにとって旦那様も素敵な宝物ですね。


私はまめではないのでブログやってないの。
だから自己紹介を兼ねて、今回は少し私自身の話書きますね。


忘れることは決してできないけれど、時間が気持ちをやわらかくしてくれる。。。
流産の後、結局私を救ってくれたのは夫と時間でした。
私もずーーーっと自分を責めてきました。
そして今も。
最初は、'99年。そして'06年(今年)。

私もらうさんと同じ、最初の流産から今まで治療せずに過ごしてきた。理由は恐らくらうさんと一緒。夫と二人の生活もそれなりに楽しかった。二人だけでもいいかな・・・とも思ったし、夫も「君がいればそれでいいよ。僕は赤ちゃんと結婚したのではないのだから」と言ってくれていた。


せっかくできた子供だったのに・・・。私の責任。
やっぱり私がムリをしたから。。。
だかららうさんの気持ちすごくわかる。


子供が生まれてくるってすごいことだよね。
私達はすごい確率のなか生まれてきたんだね。


今はつらいかもしれない。でも、少しづつ一緒に前に向かって進もうよ。
(私も同じ病院で治療しているんですよ。もしかしたらすれ違っていたかもしれませんね。)


だから今はまず体を大切にして下さいね。

投稿: KAY | 2006年12月17日 (日) 22:08

流産(妊娠)の時期がとても似通っているので、
勝手に親近感を覚えてしまっています。
しかも、KAYさんもKLCに通われているとは!
ホントにびっくりです。
”KAYさんもここで頑張ってるんだ”と思うと、
とても心強く、ワタシも頑張れそうな気がします。

自分を責めることで、自分を戒めることで、
次回は絶対に無理はしないと、心に刻んでいる感じです。
なので、この気持ちを忘れないうちに、
また再び妊娠できると良いな、なんて思っています。

腰が痛かったり頭が痛かったり出血が止まらなかったりと、
日々の体調がまだ安定しませんが、それでも少しずつ、
先のことを考えられるようになってきました。
今は、流れに身を委ねようと思っています。

KLC仲間として、今後も宜しくお願いします。(^^)

投稿: らう | 2006年12月18日 (月) 15:04

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