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2006年11月 3日 (金)

判定日~

2006年10月30日

判定日の夕方から出始めた茶オリは、翌日も続いていた。
”拭くと付く程度”じゃなくて、オリモノシートに結構。
丁度、生理が始まるときと同じ感じ。
生理なら、この後本格的な出血が始まるはず。

早期妊娠検査薬では薄いプラスだった。
クリニックの血液検査でもプラスだった。
でも、ワタシの体は明らかに生理の前兆を示してる。
デュファストンの効き目がなくなったから?
前回もそうだった。プラノバールを飲み終えて、2日後には茶オリ。
ワタシの体は、そんなに自己ホルモンが乏しいの?

通常今の時期なら、まだ妊娠に気付かないはず。
治療をしていなければ、普通の生理周期と何ら変わりない。
続に言われる、”化学的流産”かも知れない。
どっちにしても覚悟しなきゃ。束の間の喜びだったって。
夫にも、”一応覚悟してね”って言った。
不思議顔の夫に、”子供がダメになることを”って言った。
”茶オリが続いてるし、痛みも時々あるし”って。
”うん”とだけ夫は言った。
酷なことかも知れないけど、ぬか喜びはさせたくない。

午後、2週間ぶりに職場に行った。
なんだかんだで結構休んだなー。
部長と話をして、取り敢えず体調が良くなるまで休むってことになった。
”辞めるっていうんじゃなく、いつでも戻ってきて下さい”って。
有り難いと思った。でも多分、二度と戻らないと思う。
私物を整理して、オフィスを後にした。

2006年10月31日

朝トイレに行くと、うっすら続く茶オリ。
相変わらずPMS様の腹痛があって、夜、目を覚ますこともあった。
とにかく安静にするしかないだろうと思いつつ、洗濯機を回す。
突然、思い立ってクリニックに電話。
症状を話すと、”不安なら来て下さい”って。
行きますとも行きますとも。不安だから電話したんだし。

すぐに支度をして、洗濯物を干してから出かけた。
まだ寝てる夫に、”タクシーだといくらくらいかかるかなー”と声をかける。
半分寝てる夫は、なんだか生返事。
ホントはね、飛び起きて”送っていくよ”って言って欲しかった。
でもすぐに思い直した。
期待しないんだった、って。夫はそういう人なんだ、って。

タクシーを拾って、クリニックへ。
受付で、”今日は・・・、あ、お電話の件ですね?
基礎体温は高温のままですか?”って聞かれた。
”判定日に、『もう計らなくて良い』って言われたんですけど”って言ったら、
”あ、そうですか”って。
おいおい、先生によって言うことが違うのか?

暫くして内診。
”あぁ、出血って言うか、オリモノ程度ね。じゃ、見てみましょう”と。
左上の画面を凝視してたけど、まだ胎嚢は見えなかった。
何かの大きさを測ってたけど。
”子宮からの出血はないし、内膜にも異常なしですね”って。
”この後、血液検査をしてからお話ししますから”って言われて、採血。
いつもの通り1時間強待って診察室に呼ばれた。
”出血もこの程度なら問題ないし、ホルモンの値も増えてるから
問題ないですよ”って。”あとは予定通りの日にまた来て下さい”って。
内診で、”あ、この程度ね”って言われた時、既に安心だったけど、
ホルモン値も増えてるって聞いて、取り敢えず良かったーって思った。

夫には、聞いてくるまで自分からは報告しないつもりだった。
夕方、”退屈してますか?”ってメールが来た。
まだクリニックにいると思ったのかも知れない。
少しじらして(笑)、”取り敢えず問題ない”って伝えた。
その後、”朝、『送ろうか?』って言って欲しかった。
不安を共有したかった。かな。”って、正直に伝えた。
猫が謝ってる絵文字と、”失礼しました”って返事が返ってきた。

”共有したい”
不妊治療を始めたときからずっと思ってること。
7年前の不妊治療では、ワタシがガッツリ主導権を握っていた。
夫はいつも、”お前のしたいようにしたら良い”って言う人だし。
何に置いても。

でもね、それじゃいけないと思うんだ。
二人で欲しいって決めて、二人で本を読んで決めたことなんだし。
これからだってずっと、二人で育てて行くわけだし。
前にもちょっと書いたけど、夫婦間に温度差があるのは嫌だったんだ。
それは別に、毎回の診察について来い、ってことじゃなくて、意識的にね。
気持ち的に、やっぱり同じ目線というか、スタンスでいて欲しかったんだ。
勿論昨日は心細くて、一緒に行って欲しいとは思ったけど、
現実的に、これから仕事に行く人に送ってもらったかって聞かれたら、
それは多分、断っていたと思う。大切なのは、その”気持ち”。

”物より言葉。DSより愛情です!”って最後にメールした。(笑)

家を出てから帰宅まで、ざっと4時間。
ホントは家で安静にしてる方がずっと良いのかも知れないけど、
不安要素がある以上、やっぱり安心はできないし。
”問題ない”って言われれば、それで安心できるし。

実は今回、クリニックに行こうと決めたのには理由がある。
勿論、茶オリと腹痛が判定日の夕方から続いていたからもあるけど、
話は6年前に遡る。

最初の妊娠の時、心拍が確認された直後のある日、
お腹の張りと茶オリに襲われた。
ワタシは当時、”普通に生活していてダメだったら、
それは初めからダメな命”って思ってた。
なので、特別病院に行くこともなく、取り敢えずゴロゴロして過ごした。
当時、ベランダにあった二槽式の洗濯機。
洗濯物が気になって、寒空の下(1月下旬)、洗濯したのを覚えてる。

翌日の午後、郵便物を取りに外階段を下りるとき、
何か大量に出たのを感じた。
慌ててトイレに駆け込むと、オリモノシートに結構な量の鮮血。
一瞬で血の気が引いて、体が震えた。
すぐに、当時通っていた病院に電話を入れると、”すぐに来て下さい”と。
仕事中の夫に電話すると、”オヤジに電話して、
一緒に行ってもらうようにするから”と。
隣町に住んでる義父がすぐにタクシーで迎えに来てくれ、
連れだって病院へ。診察の結果、稽留流産だった。

あの時、もし、前日に診察を受けていたら、
ってその後思うことがあった。
初期流産は胎児側の問題、って言われてるけど、
それで納得したつもりだったけど、
心のどこかで、最善を尽くさなかった感が抜けなかった。
実際、体験談とか読んでると、”すぐに病院に電話を入れて
診てもらった”って人が大半。
ワタシの判断は正しかったんだろうか?って。

”普通の生活をしていてダメならダメ”って持論意外にも、
実は理由があった。
お風呂に入っていなくて、髪はベタベタだし体は汚れてるし、って。
そんな状態で病院へ行って、内診を受けるのは恥ずかしい、って。
ホント、馬鹿な理由だなーって思う。今になってみると。

今回は、最初から決めていた。最善を尽くそう、って。
前回のことを反面教師として、今回はできる限りのことをしよう、って。
だから昨日、クリニックに行くことを決めたんだ。
今回は、絶対にこの手に我が子を抱きたいんだ。
夫にも抱かせてあげたいんだ。
だから、なりふり構わず守ってあげるって決めたんだ。
そんなことしかできないし、それが親の責任だと思うから。

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