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2006年11月 2日 (木)

判定日

2006年10月2日 ET後12日目(IVF2周期目)

クリニックに行く前から結果は分かっていた。
30日の朝のフライング検査は真っ白の陰性だったし、
前日から茶オリも始まっていたから。
おまけに、朝一でやった妊検も真っ白、茶オリの色は濃くなった。
重たい気持ちでクリニックに向かう。でも、覚悟はできていた。

受付で、”今日、判定日ですね。出血や腹痛はないですか?”
と聞かれ、”出血があります”と申告した。
”出血?あるんですか?”と聞き返され、”はい”と。
静まり返った待合室に、ワタシの出血が公表された。
ホントいや、このシステム。

採血し、結果を待つ。1時間半。長かった。
ワタシはきっと、憔悴しきった顔をしていたに違いない。
陰性だと告げられるのが分かっていても、やっぱり辛かった。
PMSもあったし。
結果は予想通りダメだった。
”残念ながら、今回はダメでした。
でも、良い卵がひとつ凍結できてるので、
次回は凍結胚移植をしましょう”と言われた。
”良い卵”、か。
確か、今回移植した卵も、グレードは良かったんだよね。
おまけに、内膜の状態も良かったんだよね。
でも、妊娠できなかったんだよね。

”良い卵”
判定待ちの9月25日、指示された通り、10時に電話を入れた。
分割した卵が、その後の培養でどうなったか確認するために。
結果は、1つは途中で分割を止めてしまったけれど、
1つは胚盤胞になったので、凍結しました、とのこと。
1つ残ってくれたことは勿論嬉しかったけど、
1つダメだったことの方がショックだった。正直に言うと。
ホントに厚くて高い壁があるんだなーって思った。
でも同時に、今回ダメでも次回がある、って希望を持てた。

夫は、と言うと、出かけるときにまだ寝ていた。
それは予測できたことだから仕方ないけど、
途中、お金のことで電話をかけたら、まだ寝てた。
判定結果をメールしても音沙汰なし。
帰りのバスで、”いませんように”って願ってきたんだけど、
帰ってきたらまだ寝てた。

緊張も落胆も、直に感じてるのはワタシだけ。
せめてひとりになりたいと願って帰ってきたら、夫が寝てる。
次周期は、胚盤胞まで分割→凍結した卵を移植するとのこと。
生理周期13日目にクリニックへ行って、スケジュールを立てるらしい。
なので夫は、今月は何もする必要がない。
緊張感がない上に1回休みなんて、やっぱり不公平だ。

妊娠できなかった。分割した卵を戻したのに。
でも、それが次のサイクルの始まりだったりもする。
現実は現実として受け止めて、ちゃんとリカバリーしなきゃ。
自分に言い聞かせた。

取り敢えず週末は気分転換したいと思った。
プラノバールもセロフェンも服用しなくて良いみたいだから、
特別体調を気にする必要もない。
好きな物を食べて好きなことをして過ごしたい。
体も勿論だけど、心のリカバリーも必要。

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